研究課題/領域番号 |
24730010
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研究機関 | 尚絅大学 |
研究代表者 |
宇野 文重 尚絅大学, 文化言語学部, 准教授 (60346749)
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キーワード | 明治前期民事判決原本 / 雇用法史 / 雇用契約 / 明治期の奉公人 / 明治前期の小学校と「むら」 / 給金支払請求訴訟 / 明治6年太政官布告242条 / 民法起草委員 |
研究概要 |
本年度は、明治期下級裁判所判決の分類・解析を基に研究を深めた。その成果の一部として「明治10年代の小学校教員の雇用契約と『むら』」(『尚絅大学研究紀要 人文・社会科学編』第46号)を公表した。概要は以下の通りである。 明治6年7月17日太政官第242号布告「訴答文例」は、近世には禁止されていた奉公人から主人に対する給米給金支払請求訴訟の手続きを定め、これを許可した。事実、国際日本文化研究センター民事判決原本D.B.では「給料催促」「給料延滞」等の訴訟が100件以上確認できる。その中で教員による給料支払請求事件は、雇用関係の有無、契約内容、職務、労働形態等の事実関係を比較的明確に抽出できる事例である。 本稿では、この種のケースを10件紹介し、そのうち徳島始審裁判所脇町支庁明治23年5月16日「小學教員給料催促ノ訴訟」を素材に、小学校教員の雇用契約をめぐる紛争から、明治10年代の地方の「むら」共同体と教員の地位につき分析した。裁判所は、明治10年代に村の小学校教員として雇用されたと主張する原告側に対し、原告は「旧慣」に従い集落の父兄から報酬を得ていたにすぎず、郡長の任命もないとして被告である村長兼戸長の勝訴とした。両者の対立の根底には、行政単位としての「村」が、旧来の農村共同体(集落)としての「むら」と一致せず、近代的学校制度の設立が困難であった事実がある。本件も「村」の就学率を上げるため、指導者層が「むら」の旧慣に依存して寺子屋等を形式的に村立小学校と名付けたものであった。原被告間の認識の相違は、村指導者層が教育令等の国家制定法の枠組で判断した現象を、教員側は「むら」共同体の承認という旧来の秩序・規範の枠組で理解したことから生じた。また新規の職種である教員の雇用における「契約」の重要性や様式の普及の程度等も関連している。 この他、戦前の裁判例法理に関する研究会報告も行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
昨年度に引き続き明治期民事裁判例の蒐集と解析(研究計画調書・課題A)、民法典における雇用契約理論の分析(同B)を中心に研究を遂行した。その過程で、さらなる史料・資料の確保・蒐集および論点拡大の必要性が生じ、全体として研究が遅れている。 まず、裁判例解析においては、第一に、800件を超す雇用契約訴訟の中には、当事者間の関係や契約の内容、争点などが明確でない事例も多く、雇用上/雇用契約上の紛争であることは推認できるが、精確な分析にはさらなる関連資料を蒐集する必要が生じた。第二に、240件以上の給金をめぐる訴訟について個別に検討した結果、職種・業種ごとの詳細な分析・検討が必要となった。一例として、学校教員からの給料支払請求訴訟を挙げれば、雇用・雇用契約に関する先行研究にとどまらず、変転する学校制度(義務教育制度、教員育成・採用実態、民衆生活史等)と地方自治制度に関する先行研究を押さえた上で、各ケースの地域史料の入手や地域史の先行研究の確認が不可欠となる。今回公表した論文はこれらを実践した成果であるが、法史学の歴史実証的要素を重んじた結果、予定を超過する時間を要した。 次に、判例法理分析および法典編纂過程研究について、時間的・空間的な視野の拡大が必要であり、その実践のために時間を要した。すなわち、司法という国家権力の行使の上で形成される判例法理を分析するには、<明治前期の雇用関係訴訟>を研究対象としていたとしても、<明治前期>の<雇用関係>のみを対象としても十分な検討はできず、また、法領域としても雇用法のみを対象とするだけでは不十分である。その点については研究計画立案の段階で自覚していたものの、これを「実践」することの困難さに直面し、課題の克服に取り組んでいる。具体的な論点として、20世紀以降の雇用法学の展開と明治前期の関係、家族法など他領域の判例法理との比較検討などがある。
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今後の研究の推進方策 |
(1)明治期民事裁判例の解析(研究計画調書・課題A)を個別具体的な論点(徒弟奉公をめぐる争訟、給金支払請求事件、妾や乳母など女性を当事者とする契約、雇用者側からの契約違反をめぐる訴訟等々)ごとに、実証的な分析を継続して行う。 (2)民法典における雇用契約法理論の分析(同課題B)につき、近年発表されたボアソナードの法理論研究等との関連も視野にいれつつ、また民法施行後における契約法学説史の検討(同課題C)を合わせ行うことで、法典起草委員の雇用観・雇用契約観・雇用法学観を丁寧に検証する。 (3)明治民法施行後の判例法形成の動向も視野にいれつつ、民法における「雇用」および「雇用契約」概念(同課題D)――たとえば雇用の規定のみならず、不法行為法上の使用者責任等に対する裁判所の評価など――をいかに捉えるのかという問題意識をもって、この2年間の成果とあわせて研究をまとめていく。
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次年度の研究費の使用計画 |
おおよそ計画通りに研究費を支出することができていたが、年度末の2014年2月に研究会への出席(報告)のための旅費として支出する予定であった分について、当日東京地方の大雪のために研究会が中止され、実際に旅費は発生しなかった。そのため、最終的に研究費支出の調整が遅れ、結果として\3,188の残額(次年度使用額)が生じてしまった。 平成26年度は最終年度に当たるため、とくに成果報告等にかかわる費用の支出が見込まれる。前年度は、突発的な天候事情のためとはいえ、予定通り支出ができない事態も起ったため、本年度は研究計画調書に則った上で、物品費、旅費、その他(文献複写費等)を中心に、可能な限り本年12月を目途に計画的に支出する。
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