研究課題/領域番号 |
24730021
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
内野 広大 京都大学, 法学(政治学)研究科(研究院), 助教 (90612292)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 憲法理論 / イギリス憲法 / 習律 / 多元論 / 理論的根拠 / 主権論 |
研究概要 |
1 本研究は、わが国のConstitutionが憲法のほかにそれから独立した規範カテゴリとして習律を認める見解を採用するものであるのかを考察することを目的とするものであるが、平成24年度において得られた知見は、大きく分けて次の二点に集約できる。 2 まず、習律の理論的根拠を考察するための新たな視座を得ることができた。すなわち、イギリスで近時唱えられている「政治的憲法論」の背後にある思想に着眼すれば、問いの考察が一定程度進展するということが明らかになった。開拓者J. A. G. Griffithの説く政治的憲法論の基本構造に目を向けると、その特徴は以下の三つである。第一に、政治的憲法論は、イギリス公法理論上、「機能主義」という流れに位置づけられるものである。第二に、政府に対する批判を過度に抑制することのない「開かれた政府」を実現しようとする構想を抱くものである。第三に、政治的憲法論の根底にはフランス「実証主義」の思想が横たわっており、政治的憲法論は、憲法学・憲法理論に形而上学的思弁を持ち込むことに対して否定的・懐疑的である。これらの特徴からは、Griffithの政治的憲法論が①裁判所によって形成された憲法ではなく習律を重視するものであること、②その姿勢の背後には実証主義という思想が横たわっていることを導出できるように思われ、この点は習律の理論的根拠を考察する上で非常に有意義である。 3 次に、近時の政治的憲法論の動向にも関心を払い、それが憲法規範の法典化についてどのような姿勢をとるものであるのかについても、新たな知見を得ることができた。特にグラスゴー大学のAdam Tomkins教授と意見交換を行い、Tomkins教授の重視する大臣の連帯・個別責任原理の性質はいかなるものか、及びそうした原理を法典化することについてどう考えるのかについて知ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1 平成24年度は、憲政における野党の位置づけを探ることによって習律の適用領域・具体的規範内容を検討し、さらに、習律の理論的根拠を問うべく、わが国のConstitutionに多元論を採用する余地があるのか否かを考察することを目標としていた。 2 しかし、前者の検討はほとんどなされておらず、平成25年度までに持ち越しとなり、今後の検討に期したいと考えている。それに対して、後者の考察については一定の進展を見せている。当初の計画では、多元論を支えていたのが「法的主権と政治的主権を区別する」という考え方であったところから、わが国のConstitutionが法的主権と政治的主権の区別を受容しうるものか否かという点を重点的に検討していく予定であった。「政治的憲法」と「法的憲法」の区分に注目したのもそのためであったが、そこで当初問題提起していたのは、その区分が法的主権と政治的主権の区別と対応関係にあるか否かということであった。この点に関しては、両者は、必ずしも対応関係にあるものではないということが鮮明になりつつあり(前記のAdam Tomkins教授とのグラスゴー大学における意見交換に基づく)、習律の理論的根拠を問うという目的に照らして、どのように政治的憲法論を扱っていけばよいかについて、別の視座を得ることができるに至った。すなわち、J. A. G. Griffithの説いた政治的憲法論の底流に一貫してある思想が、問題を考える際の手がかりとなるのではないかという実感を得ることができたのである。 3 そのようなわけで、習律の適用領域・具体的規範内容についての検討はなされておらず、その意味でやや研究の歩みが遅れているという憾みがないではないが、習律の理論的根拠を問うという目的に照らして適切な問題設定・視座を得ることができたという意味で、本研究はおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
1 平成25年度では、以下の三つの観点から、わが国のConstitutionにおける習律の理論的根拠を探っていく。 2 第一に、「日本国憲法」という憲法典の存在は習律の存在を否定するものではないかという疑念に対する応答を試みる。この問いに取り組むに当たり、平成24年度において政治的憲法論を分析することで得られた視座を最大限に活用し、憲法典の存在が直ちには習律の存在の否定にはつながらないということを示唆することにしたい。とりわけ、政治的憲法論の背景にある「機能主義」――これはフランス実証主義の多大な影響を受けている――という思潮を綿密に分析すれば、この点をより深く見定めることができるのではないかと推測している。 3 第二に、イギリス多元論を支えている法的主権と政治的主権の区別を、わが国のConstitutionが採用するものであるか否かについて検討を加える。まず、わが国の憲法論のいかなる領域を渉猟していくべきかその指針を獲得するため、従来のイギリス憲法学説が法的主権と政治的主権の区別についてどのような議論を展開し、主権論がどのような争点において援用されてきたのかを整理するとともに、イギリス憲法学説における習律の適用範囲・具体的規範内容をみていくことにする。次に、イギリス憲法学説のこのような整理を踏まえて、わが国の判例法及び憲法学説を渉猟し、法的主権と政治的主権の区別を採用する、あるいはそこまではいかなくとも採用しうる萌芽がみられるのではないか、という主張を試みる予定である。 4 第三に、習律の実効性の担保を究明する。多元論によれば、習律は裁判所によって強行されない規範であるから、習律には裁判所のような権威的裁定者による裁定もなければ義務的な力も存在していない。そのため習律の実効性の担保を明らかにしないかぎりは、習律の理論的根拠を説いても十分な説得力を持たないと考えるからである。
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次年度の研究費の使用計画 |
1 平成25年度においては、以下のように研究費を使用する予定である。 2 第一に、政治的憲法論の検討を中心とする以上、まず、それに関連する文献が必要となる。具体的には、イギリスの法思想に関連する文献、その背後にあるイギリス哲学思想とフランス実証主義に関連する文献、さらには、政治的憲法論の根底にある機能主義に一定の影響力をもったL. Duguitに関連する書籍、アメリカ・プラグマティズムの大家であるW. Jamesに関連する書籍を購入する。次に、現在政治的憲法論を積極的に説いている国内外の研究者と意見交換の機会をもつつもりでもある。とりわけイギリスにおいては、Griffithの衣鉢を継いだかたちで――その異同はともあれ――政治的憲法論が展開されており、Griffithの政治的憲法論を深く知るうえで現在の理論家との対話は重要な意義をもつだろう。 3 第二に、わが国のConstitutionが大陸法的な伝統を有するとされていることを踏まえ、その大陸法国であるところのフランスにおいて、憲法慣習法がどのような扱いを受け、憲法典とどのような関係にあるとされてきたのかを知る必要もあり、フランス憲法学の憲法慣習に関連する諸文献も購入する。 4 第三に、イギリス多元論の日本法への接合を問題にしようとするのが本研究の眼目であるから、わが国の憲法学説の動向にも十分な目配せをしておかなければならないことはいうまでもないことであり、日本憲法学の関係図書を購入するとともに、適宜資料の豊富な近隣の大学へ資料調査に赴くために研究費を使用する。
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