研究課題/領域番号 |
24730024
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研究機関 | 県立広島大学 |
研究代表者 |
岡田 高嘉 県立広島大学, 総合教育センター, 講師 (30613658)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 差別的な結果 / 差別的な効果 / 異なる効果 / 差別的意図 / 平等原則 / 個人主義 / 形式的平等 / 実質的平等 |
研究概要 |
24年度の研究の要諦は、アメリカの平等保護理論上の「差別的意図」と「差別的な効果(結果)」をめぐる議論を検討することにあった。差別的意図を重視する平等保護理論は、判例上の理論であるから、判例の分析により、その発展経緯や理論的根拠を明らかにすることができた。また、19世紀中葉から20世紀中葉までの平等に関する判例理論の検討も行い、そのような古典的平等保護理論と1970年代に誕生した差別的意図を重視した平等保護理論との関連性・連続性を確認することができた。 差別的な効果に着目する憲法理論は、要するに、グループごとの結果を重視して、それに基づき平等条項違反か否かを判断するという理論である。当然、人種や性別などを考慮事項とするため、憲法上の基本原則である個人主義や形式的平等との緊張関係が問題となる。差別的な効果に着目する学説に関しては、物理的な効果を重視する説と、精神的な効果を重視する説に分類し、検討を行った。これらの学説は、(1)差別的な効果がより少ない他の手段は採用できないのか、(2)あるグループに非常な不名誉や屈辱を引き起こすメッセージが込められていないかを慎重に審査し、場合によっては当該行為を違憲無効と判断するものである。 以上の学説は、政治部門の裁量に司法部が積極的に介入することを期待するわけであるから、それが司法部による過度の不当な介入にあたるという懸念もある。実際、アメリカの判例が、憲法上の平等条項違反の試金石として、差別的意図の要件を採用するのは、この点にあると考えられる。 そこで、差別的な効果を重視して、裁判所が当該行為を一方的に無効とすることが政治部門の裁量への過度の介入にあたり、事実上困難であるという問題を踏まえ、政治部門との間で交わされる意見交換、つまり「対話」を促進することで問題を漸進的に克服するという、新しい理論にも着目して、検討を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
差別的意図を重視する平等保護理論については、判例等の分析により、その発展経緯や理論的根拠をおおむね明らかにすることができたと評価する。 他方、差別的な効果を重視した平等保護理論の研究に関しても、おおむね順調に進んだと考え得るが、最新の学説の整理分析がやや不十分であり、先行研究に頼る部分が多かったと省察する。当初の予定は、差別的な効果が重視されるべき、新しい理論的根拠を分析して、体系的にまとめることにあった。しかし、古典的な従来の学説の再検討に多くの時間を割くこととなり、結果的に、新たな学説の検討はやや不十分であったと考える。 従来の学説に関しては、(1)物理的な効果を重視する説、(2)精神的な効果を重視する説に分類した。前者(1)の学説は、公民権法上の法理と類似する部分があることを明らかにした。さらに、差別的な効果を重視しつつも、裁判所が当該行為を一方的に無効とせず、政治部門との間で交わされる意見交換、つまり「対話」を促進することで問題を漸進的に克服するという新しい考え方にも着目した。 当初の研究計画は「意図せざる差別」、すなわち外見上中立的であるが「差別的な効果」を特定集団に及ぼす政府の行為に対する、司法審査のあり方を主に考察するものであった。しかし、社会的平等の実現は、そもそも裁判所だけの役割ではない。この政治部門との協働を促進するという視点は興味深い。当初の研究計画には含まれていなかったが、関連するテーマであるということで、若干の検討を行った。
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今後の研究の推進方策 |
アメリカの「差別的意図」と「差別的な効果」をめぐる平等保護理論上の議論は、わが国の平等保護理論を考える上で示唆に富む。わが国において、一見中立的な法制度が「差別的な効果」を惹起している場合、それを憲法上の問題として把握するにはどうすればいいのか。アメリカの議論を参考にすると、(1)目的審査において差別的意図を重視するか、(2)差別的意図を重視した上で、差別的な効果から差別的意図を推定するという手法を採用するか、(3)差別的な効果を重視する平等保護理論を採用するか、のいずれかが考えられる。 目的審査において差別的意図を重視するアプローチは、個人主義や形式的平等の原則と合致するものの、差別的意図を立証する作業は決して容易ではなく、射程範囲は限定的である。その点、差別的な効果から差別的意図を推定するアプローチはより現実的ではあるが、どの程度の結果であれば、差別的意図を推定できるのかが問題となる。差別的な効果を重視する平等保護理論は、不平等の是正にもっとも威力を発揮するものであるが、個人主義や形式的平等の原理との対立を余儀なくされ、それゆえアメリカの判例は、このアプローチを採用していない。 今後は、上記(2)差別的な効果から差別的意図を推定するという理論について考察を進めていきたい。この理論は、差別的な効果を基準に平等条項違反を直接的に主張するのは困難であるとの前提に立った、言わば折衷案であると評価しうる。ここでは、そもそも差別的意図とは何を意味するのか、いかなる結果が出れば「差別的意図あり」と認定できるのかが、検討課題となる。この点「ノーブ効果」と呼ばれる経験哲学に依拠したアプローチは興味深い。この経験哲学原理によれば、事前に差別的な結果を予期できた者に対して、市民は直感的に差別意図があったと捉える傾向がある。差別意図の認定に関して、この経験哲学が示唆する点について考察したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
当該研究費が生じた理由は、今年度の研究費の枠を超えないよう、配慮した結果である。以下、翌年度以降に請求する研究費と合わせた使用計画について述べる。 次年度は、「ノーブ効果」と呼ばれる経験哲学原理を考察し、法原理への応用可能性を探る。アメリカの判例は現在、一見中立的な制度の違憲性を争う場合は、政府の差別的意図の立証を原告に求めている。差別的意図の認定につき、かつては、柔軟なアプローチを採用し、公的行為を取り巻く諸事情の全体性から、客観的に差別的意図を推定していた。ところが、1979年代以降、特定の政策決定者の「悪意」(malice)とも言うべき、極めて厳格な差別的意図の立証を求めるに至っている。そこで学説は、差別的意図に拘泥する判例法理を批判し、「差別的な結果」を重視するべきことを説く。とりわけ、経験哲学原理に着目するアプローチが興味深く、これに関連する文献の分析が、次年度の課題である。 わが国において、「差別的な結果」を及ぼす中立的な制度が胚胎する憲法問題については、まだそれほど議論が進んでいるとは考えられない。これを平等原則の問題として捉える場合は、目的審査が重要となる。そこで仮に、差別的意図の存否が重要視される場合は、その認定につき、経験哲学原理が参考になると考えられる。 研究費は、主として、法律文献総合データベースであるWestlawの使用料、経験哲学に関する書籍の購入のために用いる予定である。
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