本研究の目的は犯罪のボーダレス化に伴って喫緊の課題とされるであろう国際的組織犯罪への対応について、諸外国との連携を見据えた検討を加えることにあった。とりわけ、ここで念頭におかれる捜査手法としては、身分秘匿捜査、おとり捜査、コントロールド・デリバリー、通信傍受・会話傍受などである。これらの捜査手法は、組織性や秘匿性といった犯罪の特殊性に適応する必要性が認められるとともに、ボーダレス化する犯罪への対応として期待され得るものだからである。この点、わが国では、個別の検討については一定の範囲でなされており、そのこと自体個々の処分の特殊性を踏まえた検討として重要な意義を有するが、これらを体系的に検討したものはみられない。「秘匿」をキーワードに、捜査法にとどまらず、捜査の端緒から科刑までの中に体系的に位置づけて整理した上で、通底する規範を提示できないかが問題意識の出発点であった。この点、諸外国では、こうした捜査手法を"undercover operation"や"covert investigation"として大枠を設定し、体系的な検討が加えられ始めている。特に、イギリスは、テロ対策が中心になりつつあるアメリカに比してこうした捜査手法の必要性が過度に強調されることなく、侵害法益や比例原則の観点から検討がなされている点でわが国のおかれた状況と整合的であり、理論の精緻化に有益な示唆を与えてくれるものであった。また、上記手法は、必ずしも立法化を要するものばかりではないが、立法例も含め順次公表していきたい。他方で、イギリスでは、こうした捜査手法の規律に関し、「公正な裁判を受ける権利」が中核をなしている。これは欧州人権条約6条1項に基づくものであるが、わが国の「公平な裁判を受ける権利」との異同、「捜査の公正」として度々登場する公正概念との異同など、さらなる検討を要するものであり、今後の課題である。
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