研究課題/領域番号 |
24730055
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
稲谷 龍彦 京都大学, 法学(政治学)研究科(研究院), 准教授 (40511986)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 国際研究者交流(アメリカ・フランス) |
研究概要 |
本年度の研究は主として次の三点に集約される。第一に、研究計画に従い、アメリカ合衆国における関係文献の収集・精読を行った。その結果、合衆国においては、刑事手続法・刑事司法制度の存在意義について、その運営・形成に携わる各種官僚組織のエージェントコストの低減に見出す見解が有力化しており、プライバシー法制についてもかかる観点から分析する見解が注目されていることが判明した。法と経済学を刑事手続法解釈や、刑事司法制度の分析に用いる見解は従前から存在することは認知しており、自身の論文でも用いていたところではあるが、その動きが本格化していることが判明したのである。そこで第二に、今回の研究目的が制度の提言であり、その精緻化に当たってこれらの知見が有用であることは広く知られているところであるから、当初の研究計画を一部変更し、ドイツ法ではなく、法と経済学を刑事法に応用するための文献の収集・精読を行った。その結果、現在法と経済学で用いられている人間像に大きな変動が生じており、これらを理解するためには最新の心理学的知見を取り込んだ、法と心理学の業績についても理解する必要があること、及び経済学自体が一種の思想的背景を備えていることが判明した。そのため、第三に法と心理学についての文献を収集・精読し、また現代経済学の思想的源泉となっている18世紀のフランス政治思想の状況について把握するため、関連文献の収集・精読を行った。その結果、古典的経済学・近代刑事法における人間モデルを特徴付ける合理的選択論が、18世紀フランスの自然権思想に淵源を持つ政治思想であることが判明し、心理学的成果との齟齬から修正が迫られていることが判明した。以上の成果は、研究目的を達成する上で非常に重要な意義を持つが、それ以上に従前の刑事法の常識を疑うべき事態が生じていることを発見した点で画期的意義を持つと思われる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画していたのは、比較法的手法によるアメリカ及びドイツの制度の分析とわが国における法制度を提言するための、文献の収集・精読であった。しかし、アメリカの制度を分析する際に収集した文献を精読するうち、我が国の刑事法学においてこれまでほとんど行われていなかった、法と経済学的アプローチを行っている研究が近時増加し、その水準も著しく向上していることが判明した。周知のように、かかるアプローチは非常に汎用性が高く、既に会社法等の他分野においては全世界規模で積極的に活用されているところであるが、これまで刑事法の分野では十分に活用されていなかった。本年度の研究によってかかるアプローチの刑事法における応用可能性にめどが立ったことは、政策提言を目的とする本研究にとって非常に大きな進展であるといえる。他方で、法と経済学的手法を十分に活用するためには、その前提となる人間モデルの設定が重要な意味を持つところ、かかる人間モデルについて大きな変動が生じていることが判明し、かかる変動を乗り越えた上で法と経済学的手法を用いて政策を提言するためには、やや時間がかかりそうであるということも判明した。しかしながら、この人間モデルの変動が、刑事法の分野にも大きな理論的革新をもたらす可能性を見出したという点では、ある意味当初の研究目的を超える成果を一部もたらしたといいうるのではないかと思う。ただし、やはり研究目的との関係では未だ道半ばという表現が適切であり、また、文献の収集・精読に時間を割きすぎたせいで、インタビュー調査・海外調査等が不十分に終わっており、我が国の現状に即した具体的政策提言までには至っていないという状況にある。もっとも、本研究は二年計画であり、残された課題については次年度の研究によって達成可能であることから、進捗状況についてはおおむね順調と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
第一に、法と経済学的手法の更なる習熟に努めるため、既に収集した関連文献の一層の精読、そして必要な関連文献の更なる収集・精読を行う。第二に、具体的法制度設計のために、本年度余り実施できなかったインタビュー調査や海外調査等に本格的に着手したい。第三に、やはり本年度あまり進捗しなかったIT技術についての書籍の収集・精読を行う。これらの調査・研究により研究目的の達成は可能であろうと思われる。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度においては、主として関連書籍の購入や、インタビュー調査・海外調査等のための旅費に研究費を用いるつもりである。もっとも、何らかの事情により研究環境の更なる整備の必要性が生じた場合には、そのために物品等を購入することも必要となり得るため、その分の支出も予定している。
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