本研究では、サイバースペース犯罪に対応するための最適な捜査手法と、それを実施するための最適な制度設計とについて、刑事法の分野において従前十分に活用されてきたとは言い難かった、法と経済学的アプローチを用いて探究してきた。前年度においては、アメリカ合衆国の法と経済学アプローチが、近時心理学や社会学、さらには哲学の成果をも取り込む非常に内容豊かなものとなっていることを明らかにし、これらの成果を制度設計論に取り込む必要があると結論づけた。そこで本年度は前年度に引続き、刑事法分野での法と経済学的アプローチに則った文献の渉猟・精読を行うとともに、さらにその前提となっている文献、とりわけ認知科学、新制度派経済学、行動ゲーム理論、行動心理学、哲学等の文献の渉猟・精読を行うとともに、それらの知見を統合した新たな制度設計論の構築に努めた。その結果、従来から強調されてきたエージェンシーコストの低下のみではなく、制度を構成する主体の認知資産の活用という観点から制度設計を捉え、これを応用することが適切であるという結論に至った。端的にいえば、情報化社会における新たな犯罪に対応するためには、情報の共有・一元化に基づく迅速かつ正確な情報処理を行うための制度・組織と、その活動をフィードバックし、かつ監督・検証するための制度・組織とを同時に法的に整備しなければならないのである。この観点から見た場合、従来の刑事訴訟法学は、後者の問題に特定の方法論(権利アプローチ)で臨むことに固執し、視野狭窄に陥っていたと思われる。 この新しい視点からのアプローチは、近時上に言及した学際領域において本格化した新しい潮流に基づくものであり、刑事法分野のみならず、法学分野全体を通しても未だ本格的に紹介されていない、斬新かつ有望なアプローチを発見し、応用するための道筋をつけることが出来た点に、本研究の重要性があると考える。
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