研究課題/領域番号 |
24730059
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
佐藤 陽子 熊本大学, 大学院法曹養成研究科, 准教授 (90451393)
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キーワード | 刑法 / 医事刑法 / 治療行為 / 自己決定権 / 法秩序の一致 / 仮定的同意 |
研究概要 |
当該年度は、治療行為における患者の同意の意義を考察する中で、刑法上の違法と民法上の違法に関する研究を行った。治療行為は、刑法上の傷害(致死)罪・過失致死傷罪と民法上の不法行為責任が交錯する領域であり、法秩序の一致の要請について研究するに有意義なテーマのひとつである。とりわけ、説明義務違反の重要性が異なっている点に着目し、これを手がかりに研究を行った。 すなわち、説明義務違反と同意の瑕疵との間の因果関係が必要であることは民法上当然のものとして認められている(仮定的同意の理論)。これに対して、刑法解釈学においては、仮定的同意の理論は批判的な評価しかうけておらず、またこれに代わる理論もなお十分に主張されていない。しかし、民法上、責任が問われない説明義務違反を理由に、刑法上の責任を肯定することは法秩序の一致の要請に反するように思われる。果たして、このような不一致は許されるのか。当該年度はこの点について詳細に研究を行った。 その際、まず検討を行ったのは、仮定的同意の理論は本当に刑法上受け入れる余地がないのか、ということであった。この点、必ずしも刑法解釈学において、仮定的同意の理論を否定する必要がないことが明らかになった。すなわち、これまでわが国で紹介されてきた仮定的同意の理論はクーレンの主張する仮定的同意の理論であり、かかる理論に問題があるとしても、仮定的同意の理論自体にはなお検討の余地があるとの帰結に至ったのである。またその過程で研究を要したのは、説明義務の概念であった。すなわち、説明義務の概念は論者によりさまざまであることが判明し、その内実を明らかにしなければならなくなった。この点について研究を進めることで、上述した民法上の違法と刑法上の違法の不一致は実は表面的なものではないかとの疑問を抱くにいたっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
申請書の段階においては、自救行為・正当防衛・緊急避難・被害者の承諾の研究を行う予定であった。しかし、実質的には、被害者の承諾のうち、患者の同意しか行えていない状況である。 これは、刑法解釈学において、仮定的同意の理論がなお発展途上であること、また、治療行為における説明義務の範囲が論者によって様々であることから、先行研究を統合的に把握することが難しかったことが理由としてあげられる。民法上の違法と比較するためには、説明義務の概念に相違があるか検討することも必要であるし、仮定的同意の理論が本当に刑法上受け入れられないかを検討する必要もあった。そのため、これらの研究を先行しておこなったことから、大幅に時間が削られたものである。 また、本学図書館の改修工事が遅れたため、図書館が予定よりも長く使用不可能になっており、他大学等に文献を求めなければならなかったことも遅延の要因のひとつとなった。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度および当該年度の研究を経て、民法上の違法を債権法・物権法・不法行為法といった大雑把な区別でもって把握することは不可能であるとの帰結にいたった。そのため、今後は欲張らず、上記分野をさらに細分化して、ひとつずつ、その違法の内容および刑法上の違法との関係性を明らかにしていく必要があると考えた。 よって平成26年度は、治療行為における同意の意義についてさらに研究を行い、少なくとも、説明義務違反と同意の瑕疵の因果関係に関して、民法上の理解と刑法上の理解が異なるのか、異なるとして、かかる不一致は許されるのかについて答えを導いていくこととする。また、その前提として、説明義務の意義に関する詳細な研究も必要になる。この点についても、今後の研究対象とする。
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