最終年度にあたる平成26年度は,人工延命措置を拒否する意思表示のあり方について,平成24年度および平成25年度の研究において得られた比較法的な分析結果を基に,日本において実行可能な法制度に関する刑法上の議論を構築することを目的としていた。そこで,新谷一朗「終末期医療における意思表示-アメリカの議論を手がかりとして」年報医事法学29号(2014年)12-17頁において,まず,人工延命措置を拒否する意思表示には,親族等による「代行判断」と,リビング・ウィルなどのように自らの意思を事前に文書によって表明しておく「事前指示」の2通りがあることを確認し,それらを「自己決定」という同一線上に位置づけるための,理論構築を行った。すなわち,自己決定を基軸に据えることにより,「代行判断」においては,患者本人の意思を家族が単に忖度するのではなく,客観的な証拠に基づいて,患者が当該治療を現在の状況において拒否していることが明確な場合にのみ,この「代行判断」は許容されるべきだと分析し,これについては,アメリカの数州で採用されている「明白かつ説得力ある証拠」という基準が参考になると結論づけた。そして,「事前指示」においては,単に「尊厳のない状態での生を望まない」という概括的な記述ではなく,拒否の対象とする医療行為やその状況について詳述することが望ましいと結論づけた。これについては,患者と医師との協議のうえで作成する事前指示である「POLST」と呼ばれる文書が,アメリカで普及しつつあり,このような制度が日本においても参考になると述べた。 これにより,自己決定を基礎に据えた2つの種類の意思表示のあり方が明らかになった。これと同時に,このような質の違う意思表示を,刑法上の同意あるいは推定的承諾という文脈からどのように位置づけるのか,という問題点も浮き彫りになった。
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