1 本年度においては,ヨーロッパ不法行為法の動向に関する研究として,共通参照枠草案(DCFR)第VI編「他人に生じた損害に基づく契約外責任」について検討し,論文を公表した。この論文においては,DCFRにおける保護法益,過失責任と無過失責任,因果関係等の基本問題について,ヨーロッパ不法行為法原則(PETL)と対比しつつ検討を行った。そこでは,PETLとDCFR第VI編は,実質問題については共通する点も少なくないが,特に立法の方法の点で異なる方向性を有している(DCFRが個別ルールを重視する傾向にあるのに対し,PETLは動的システムを基礎とする一般性の高い体系を採用する)ことを指摘した。また,わが国における不法行為法の改正を念頭に置いたとき,不法行為法の基本準則のあり方(一般条項を維持するか,個別的なルールを導入するかなど)や,無過失責任制度の拡充など,わが国においても態度決定が必要となる論点が,DCFRをめぐる議論の中に表れていることが明らかになった。 2 オーストリア損害賠償法の改正の動向については,前年度に引き続き,基礎的な調査を行った。オーストリア司法省は,ワーキンググループの草案とそれに反対する研究グループの草案を踏まえて,新しい草案(Fusionsentwurf)を作成しているが,それ以降目立った動きはなく,学説における議論も低調である。この間の動向については,わが国の文献でも若干の紹介があることを考慮すれば,現時点で論文にまとめる理論的意義に乏しく,いつの時点で,どのような形で論文にまとめるべきかは,なお検討を要する。
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