近年回復傾向にあるものの、バブル崩壊以降、日本経済は長期停滞を余儀なくされている。多くの先行研究ではGDPや総消費、総投資といった集計量の動きに注目してきた。しかし、経済成長率の鈍化は一次のモーメントである集計量だけではなく、二次のモーメントである分布(経済格差)にも影響を与えていることが、須藤直氏(日本銀行)、鈴木通雄氏(東京大学)と山田による家計調査及び全国消費実態調査を用いた実証研究から明らかとなった。 いわゆる「失われた10年」がTFP(全要素生産性)成長率の鈍化で説明されることはHayashi and Prescott (2002)による理論的研究でよく知られているが、同時期に所得及び消費格差の伸びが止まっていることがデータから確認できる。一方、1990年代後半には消費格差の拡大が観察された。最終年度はこれらの事実を整合的に説明できる、同一世代内の異質性を考慮した世代重複型動学的一般均衡モデルを用いて、日本経済が実際に経験した長期停滞が世代内・世代間にどのような影響を与えたのかを分配的側面と厚生的側面からシミュレーションを用いて定量的に分析した。 モデルに基づくと、TFP成長率の鈍化は家計が直面する流動性制約を通じて、消費格差に影響することが明らかとなった。経済成長の鈍化は格差拡大につながるというPiketty等によるイメージと異なり、データに基づくと日本経済の格差は成長の鈍化と共に拡大が止まっている。この点を現代のマクロ経済理論と整合的に説明できたことは大きな成果であり、日本の経済格差のメカニズムを理解する一助となった。一方で、政策的含意、特に再分配政策を通じた富の再配分については本モデルではシンプルなエクササイズにとどまっており、より詳細な累進的税制や社会保障制度を通じた所得再分配による経済厚生の改善については今度の課題である。
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