前年度では、日本の医療産業のデータを使用して、長時間労働と生産性損失の関係が有意であることをオイラー方程式の推定によって立証した。これは、長時間労働によって医療従事者の生産性が大きく低下する可能性があることを指摘するものであるが、定性的な分析結果であり、本研究の仮説の妥当性を示しただけである。言い換えれば、生産性の損失の具体的な大きさ、あるいは生産性に著しい損失をもたらす労働時間の水準については、具体的に言及できないものであった。今年度は、この分析結果を前提として、定量的な分析を行った。具体的には、生産性が著しく低下する労働時間の水準を解明する試みである。このような労働時間の水準は、医療産業における過重労働の判断基準となりえるものであり、分析から得られる政策的なインプリケーションは非常に大きいと期待される。 分析方法としては、長時間労働と生産性の関係が逆U字型曲線で描写されるというモデルに基づき、日本の医療産業のデータを使用して非定常時系列分析を行った。逆U字型曲線であるため、労働を開始してからしばらくの間は(短時間労働)、労働時間の上昇とともに労働者の調子が上がり、生産性が上昇する。しかしながら、労働時間がある水準を超えると(長時間労働)、それ以降は労働時間の上昇によって労働者の疲労が極度に蓄積されるため、生産性が低下する。このような生産性の上昇と低下の境目に対応する労働時間をデータから定量的に分析した。なお、この逆U字型曲線の関係は、前年度におけるオイラー方程式の分析の中でも仮定されており、前年度の分析からの自然な流れとなっている。 実証分析の結果、ひと月あたりの労働時間が100時間を超えると、生産性が著しく低下することが分かった。また、この生産性の低下は2000年以降特に顕著であり、80年代のピークと比較して約31%の生産性の低下が発生していることを明らかにした。
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