研究実績の概要 |
人々の心理的選好を考慮した預金契約設計を考えた.心理的選好から説明する.人はふだん社会の規律に従うが,他人がその規律に反する行為をしたとみなすと,自分も規律を守る動機を欠いてしまう.この現象は社会心理学の分野で実験をつかって統計的に実証されている(Keizer, et al. (2008), Science 322: 1681―1685).本研究はこの現象と整合的な選好を人々に組み込んだ預金契約モデルを分析した.以下の主要結果を得た.(1)預金契約による効率的な資源配分は,心理的選好をうまく利用した預金支払計画を設計することで,一意的に達成される.(2)心理的選好を持たない場合には,いかなる計画を用いようとも,効率的資源配分の一意的達成は不可能である.(3)効率的配分をもたらす預金支払計画は,単に支払いを分割するだけというきわめて単純なものでよい.(4)預金支払計画の設計に際して,誰が心理的選好を持っているかを知っている必要はない.(5)この預金支払計画は完全に貸手(預金者)と借手(銀行)の間で完結するものであり,外部の資金(預金保険や中央銀行の介入)に頼ることなく実行できる. 本研究の意義はきわめて大きい.従来,預金契約からなる金融制度は脆弱であると言われてきたが,結果(1)によって必ずしもそうとは言えないことがわかった.心理的選好については,上述のとおり,他者の行動に対して非常にもろく崩れ去る程度の強さである.支払計画は,結果(3)(4)のとおり,至極単純であるから容易に実施できる.また,このような心理的選好に目を向けることの正当化は,結果(2)で得ている.確かに預金保険等の外部資金は効率的配分の実現に大きく寄与するが,それは同時に貸手借手双方のモラルハザード(行動の歪み)を招くことが知られている.本研究の預金支払計画はそうした事態を回避している(結果(5)参照).
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