最終年度は、1960年代半ばから70年代半ばのスターリングエリアならびに国際通貨スターリングの「退場」過程を検討した。具体的にはイギリス、スターリングエリア諸国、アメリカ、西欧諸国のスターリングに関わる政策を分析した。戦後スターリングエリア、スターリングシステムは、発展途上地域の開発・経済建設のための援助・投資問題と密接に結びつき、またこれら地域の対外金融「インフラ」をスターリングシステムは担ったのだが、こうした基本的性格が、スターリングエリア解体プロセスにおいても問題になったことを確認した。1960年代、ブレトンウッズ体制維持の観点から、西側諸国の多角的関心のもとにスターリングシステムの安定は置かれるとともに、コモンウェルス諸国の開発援助や投資問題が影響するなかで、スターリングエリアの解体・国際通貨スターリング「退場」は「引き伸ばされた」10年間を経験したのであった。 研究期間全体としては、大戦後のスターリングエリア、スターリングシステムについて、「通商」とならんで国際経済秩序を構成したレジームたる「通貨」「金融」「開発」レジーム の展開に位置づけて理解することを目指した。また、脱植民地化および冷戦の文脈で再編され、そして「退場」していったとことも確認した。そして、コモンウェルス諸国やイギリス植民地といった発展途上地域の開発・経済建設のための援助・投資問題と分かちがたく結びついたこと、またこれら国々の対外通貨・金融「インフラ」をスターリングシステムが担ったことが、大戦後スターリングエリアの基本的性格にあったことを明らかにした。そして、そうしたスターリングエリアを抱えることになったのがブレトンウッズ体制の歴史的実態であり、英米覇権交代を象徴するかのような、ポンドに替わったドル基軸の通貨システムであったとする理解は再考が必要であることを指摘した。
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