本年度は、大きく以下の点が明らかになった。 ①米国におけるサケ「増殖」の社会的役割の変化と、アクターの多様化を前提とした参加型政策への転換過程と政策に関する地域社会からの評価。現在の米国では、自然界における量的資源拡大を重視する資源保全型増殖政策、生態系保全のための遺伝子レベルでの多様性にも配慮した生態系保護型増殖政策、利益拡大型養殖政策が混在している。流域ごとに増殖に関する産業やアクターとの関わりで大きく異なり、遺伝子に関する増殖技術に関する評価と取り組みもそれにより大きく異なる。多様なサケ資源保全と管理の諸アクターをつなぐ民間団体とその団体への参加者に聞き取りを行い、文献による制度史とあわせて、米国の自然資源管理政策の中での「増殖」の位置づけの歴史的変容が明確になった。同時に、技術・人材・概念をめぐる政策的・技術的交流が、日本の水産政策における増殖偏重政策への転換の契機を作ったこともより一層明確にあぶりだされる結果となった。 ②岩手県宮古市における、「サケ漁と増殖の社会文化空間」の生成と変容過程。特に、a) 地域社会の水産経営における「増殖」への依存と担い手をとりまく社会構経済造の変化、b) 信頼や社会的ネットワークの再編と文化的表象(物語、祭事)などの変容と再編、c) 「増殖」の産業化による地域社会内の再分業化と再階層化、d)「増殖」周辺のハビトゥスと生存戦略から生み出された社会規範の生成・形骸化・再組成のダイナミズム、の4点に着目して調査と分析を進めた。本年度は閉伊川の事例研究と合わせて分析を行った。その結果、「場の管理」(資源利用のためにその資源の生態空間全体の目配りを行い、生産調整や他資源の利用に関する管理を含めて、その生態空間ごとの管理を行うこと)が、主体の動機形成という意味でも、具体的実践という意味でも構造的に困難となるメカニズムが明らかになった。
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