「薬害HIV」感染被害者Y氏が展開した、「薬害」感染と性感染を区別しない運動理念の形成の考察をおこなった。今年度は、Y氏が大学時代に経験した自立生活運動と、HIV感染後に訪問したサンフランシスコでの経験に照準して、運動史をまとめた。自立生活運動では、それまで血友病患者であることの自覚に乏しかったY氏が、自立生活運動とその当事者との接触により、身体障害者と健常者とのあいだに身を置くことの重要性を体得した。サンフランシスコ訪問では、保守的で医療者に依存する傾向の強かった血友病患者に比して、苦しい中で声を上げようと奮闘するゲイや性感染の人々からの「歓待」に心を惹かれ、感染者の人権擁護のための運動に身を投じることの意義を確信した。この2つの経験は、「薬害」感染による「被害者アイデンティティ」の承認要求よりも、「薬害HIV」感染者が被害者としてではなく、あたりまえの社会的支援や医療が提供されるようにするための人権運動として自身の運動理念を形成する素地となった。Y氏はHIV感染させられたことやその後の対応に対する怒りに関しては、他の血友病のHIV感染者と共通してはいたものの、医師をはじめとした医療体制や社会を変えないことには、「自分たち(=HIV感染者全般)」は生きていけないことを強く意識していた。このことは、1988年に感染者支援のNPOを立ち上げ、公的なHIV感染のカミングアウトによる運動性の増幅よりも、行政や病院内で「公然の秘密」で発言・行動することにつながった。 以上のY氏の運動理念形成史は、第87回日本社会学会大会での口頭報告「HIV感染者支援の理念形成過程」、および感染原因となった血液凝固因子製剤をめぐる問題系については、『ソシオロジ』183号「血友病補充療法の進展にみる医師役割の変質」(2015年7月発行予定)として調査研究成果をまとめた。
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