【最終年度の研究成果】内容は、甚大な津波被害を繰り返し経験した岩手県と宮城県の漁村集落のケーススタディであり、昭和8年以降、人命を失う津波の被災を経てこなかった集落が、以来78年間、2011年の大津波の到来までどのように津波への警戒を維持してきたのかについて明らかにした。とりわけ津波の浸水線や多数の被災者が流失した地点など、集落空間がどのように居住者に活用されていたのかに着目した。 【助成期間の4年間における成果】内容としては三陸地方の津波常習地に位置する「集落」という規模の小さな社会を舞台として、2011年の津波被害を、人びとがその長い歴史のなかにどのような経験として位置付けようとしていたのか(受容)そして被災後の集落社会が、自前の人的、物的資源を駆使してめざした将来像のなかに「防災」にとどまらず、津波常習地に存続しようとする実践を探った(克服)。この二点を唐桑半島(宮城)と重茂半島(岩手)の被災後の生活(生業)運営や祭祀・儀礼などの実践から明らかにした。 その意義と重要性は、大きくは以下の4点にまとめられる。(1)災害への脆弱性も耐性(回復力を含む)も被災する社会の側に備わる技法に大きく左右されるため、外在的な地理的特性だけでは示すことができないということ(2)上記のような災害への強さも弱さも、社会的に構築される部分は小さくないため、常に変化するものであるということ(3)伝統的儀礼や祭礼の執行は、失われた日常生活を懐かしむためではなく、それまでの日常のなかに被災後の「非日常性」を位置づけ直し、かつての生活周期を取り戻す可能性をもつこと(4)災害常習地とはいえ、人間の寿命からすれば、災害と災害の間は「短い」わけではない。したがって人間の寿命を凌ぐことのできる「伝言板」のような役割を果たす容器のような存在の必要性が明らかとなり、一部の集落空間はその役割を担っていたということ。
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