研究課題/領域番号 |
24730457
|
研究機関 | 熊本学園大学 |
研究代表者 |
井上 ゆかり 熊本学園大学, 水俣学研究センター, 研究助手 (10548564)
|
キーワード | 公害 / 環境 / 水俣病 / 水俣学 / 被害 / 漁村 / 食物連鎖 |
研究概要 |
水俣病被害は、自然生態系における食物連鎖からくる健康被害だけでなく、社会の中で漁民被害と漁業被害の環のつながりによって重畳的な構造を有する。 研究代表者は、漁村における水俣病の健康被害、水俣病がもたらした村落共同体の変遷、被害隠しの内実、漁撈長制度における水俣病被害の実態を「漁民被害」、販売不振による生活の困窮、漁民が水俣病に罹患し漁撈長制度が消滅した被害、漁法を変えざるを得なくなった経緯、漁業補償契約が漁業にもたらした被害を「漁業被害」と位置づけ、社会学的調査と医学的調査を同時平行して行ってきた。本研究は、水俣病被害を漁民被害と漁業被害に区別して明らかにし「社会的食物連鎖」という環のなかで水俣病被害を捉える視点をもち、漁村における水俣病被害の全容を解明することを目的としている。 本年度は、対象集落である熊本県芦北町女島集落で健康調査と社会学的調査で協力が得られた56名のデータベース化を終了し解析するとともに、50代の被害者に焦点を当てたケーススタディを実施した。さらに、比較対象地域として設定した漁村である水俣市茂道の資料収集を開始した。前年度、資料叢書として刊行予定であった対象集落の漁民が書き残した日記は、新たに同一人物の日記および写真が収集できたため、追加でヒアリングを行った。得られた情報の中から次の2点を明らかにした。1点目は、調査データをデータベース化し解析したことで、水俣病の健康被害や被害隠しの内実を明確にした。2点目は、漁民日記をトランスクライブし、同じ漁業組織にいた漁民への聞き取りなどから、販売不振による生活の困窮、漁民が水俣病に罹患し漁撈長制度が消滅した被害、漁法の変遷、水俣病認定申請そのものへの地域の取り組みを捉えることができた。 以上の調査研究により、漁村における漁民被害、漁業被害の実態の一端を明らかにしたことは水俣病事件史のうえでもその意義は大きかった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、水俣学研究の総体的展開の一部として下記の点に限定し研究調査計画を立てており達成度評価もこれにそって行う。 まず、対象集落の健康調査と社会学的調査で協力が得られた調査データをデータベース化し解析したことで、過去に生起した問題のみならず、現在なお未解決の問題を明らかにし、水俣病の健康被害や被害隠しの内実を明確にした。データベース化の解析によって、漁民被害について「水俣病多発漁村における補償・救済制度の利用と疾病悪化に関する評価の試み」と題して第72回日本公衆衛生学会において報告した。 また、比較対象地域としていた水俣市茂道において漁業関連の資料収集を開始し現在も継続している。調査対象地である芦北町女島と比較対象地である水俣市茂道の資料から、漁村における村落共同体の特徴を明らかにした。 前年度、水俣学研究センターの資料叢書として刊行予定であった対象集落の漁民が書き残した日記は、新たに同一人物の日記および写真などの一次資料が入手できたため、追加でヒアリングを行う必要があったため編集の見直しを行っている。このヒアリングは、日記を書き残した漁民の家族や同じ漁業組織にいた漁民を対象とした。漁民日記をトランスクライブし、ヒアリングした内容や他の一時資料をもとに脚注を入れることで、それまでに明らかにしていた漁労体制や村落の共同性だけでなく、新たに販売不振による生活の困窮、漁民が水俣病に罹患し漁撈長制度が消滅した被害、漁法の変遷を捉えることができた意義は大きい(校正中)。 以上の点から判断して、調査はおおむね順調であると判断するが、比較対象地である水俣市茂道での漁業および水俣病補償救済状況などのヒアリング調査を行い、各漁村における漁民被害と漁業被害を明らかにし、「社会的食物連鎖」という環のなかで水俣病被害を捉え直すことが今後の課題である。
|
今後の研究の推進方策 |
前年度、水俣学研究センターの資料叢書として刊行予定であった対象集落の漁民が書き残した日記は、現在、校正をしており、次年度中に刊行し成果とすることができる。 調査対象地の調査論文は、『水俣学研究』に投稿して査読結果待ちである。この論文をもとに学会でも報告する予定である。 比較対象地である水俣市茂道の漁業や水俣病補償救済状況のヒアリング調査を早急に行う。インタビューは、できるかぎり大学院生らをアシスタントとして同行させ、記録や録音を容易にできるよう工夫する。音声は、テープ起こしを行い、次回のヒアリングに活用する。
|
次年度の研究費の使用計画 |
本年度未使用金額349円が生じたが、旅費が計上額よりやや少額だったためである。 旅費は、来年度は水俣市での調査を行うため所要の経費を計上している。また、学会報告の旅費も計上している。謝金は、資料整理およびヒアリングデータのトランスクリプト、現地調査協力者への謝礼費用として計上した。その他として、対象集落や比較対象集落での報告会を行うための会場費を計上した。 本年度未使用金額349円が生じたが、来年度、旅費に追加計上する。
|