研究実績の概要 |
因果関係の理解に必要な要素の一つとして、事象間の時間関係が挙げられる。すなわち、原因事象は結果事象よりも時間的に先行して生起しなければならない。本研究では、こうした「事象間の時間関係が、動物の因果推論に与える影響」を検討することを目的として実験を行った。 研究の土台としては、Blaisdell, et al. (2006)で用いられたラットの因果推論事態を用いた。この手続きを要約すると、ラットはまず、刺激Aと刺激Bの継時対提示、および刺激Aとエサの継時対提示を経験する。続いて、ラットは2群に分けられ、一方の群ではレバー押しに随伴して刺激Bが、もう一方の群ではレバー押しとは無関係に刺激Bが提示される。後者の群では、「刺激Bが提示されたということは刺激Aがあったはずだ、だとすればエサがあるはず」と推論したかのようにエサ皿への接近反応が確認されるが、前者の群では、「刺激Bが提示されたのは刺激Aのせいではなく自分がレバーを押したからだ」と推論したかのように、エサ皿への接近が減弱した。 この手続きを応用し、前年度には訓練時の刺激提示タイミングの操作が因果推論に影響することを明らかにした。これを受け,今年度はテスト時のレバー押しと刺激Bの提示の間に遅延を挿入する実験を行った。ヒトを対象とした自己主体感(sense of agency)の研究では,自らの行動とその結果の間に時間的遅延が挿入されることで自己主体感が損なわれることが報告されているが,動物においてはこうした研究は極めて少ない。本実験の結果、500msの遅延時間によって因果推論様の行動が見られなくなることが示された。この結果は,遅延時間のオーダーは異なるものの、ヒトの"sense of agency"研究と類似した傾向が得られ、主観的意味合いの強いagency研究がラットにおいても可能であることを示唆するものである。
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