研究課題
本研究は,快と不快表情に対する模倣の心的機能を心理生理学的に明らかにすることを目的としている。表情模倣は単に他者の表情を「まね」しているのでなく,他者と自己の関係性や他者がおかれた状況といった社会的要因の影響を大きく受ける。そこで本年度は、観察者が表出者をどれくらい信頼しているかといった信頼性を社会的要因として操作し、快表情に代表される笑顔と、不快表情に代表される怒りと悲しみ表情に対する表情模倣の心的機能の違いを調べることを目的として実験を行った。実験参加者は,画面上に呈示される他者と経済ゲームの一種である信頼ゲームを行い,信頼できる他者と信頼できない他者を作り出した。その後,他者の笑顔,怒り,悲しみ表情観察時の表情筋活動を表情筋電図法(facial electromyopraphy: EMG)を用いて計測した。その結果,信頼できない他者の悲しみ顔に対しては,皺眉筋活動が低下することが明らかになった。悲しみに共感を示すことは大きな社会的コストを伴うことから,信頼できない他者の悲しみ顔に対する表情模倣が抑制されたためと考えられる。一方,笑顔は他者が信頼できるかどうかに関わらず,表情模倣が生じていた。表情模倣は感情種と社会的要因の組み合わせにより,異なるパターンを見せるといえる。この知見は,他者の表情に対する模倣の程度を調べることにより,他者との関係性を定量化するといったコミュニケーション支援技術に応用できる可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
本研究では,快と不快表情に対する模倣反応の心的機能は異なるという仮説を立て,不快表情の模倣には,他者の感情認識を促進する機能,快表情の模倣には,他者に親和性を示すといった表情の返報性機能がそれぞれ優勢的に作用していると予測していた。本年度は,表情の返報性機能に着目し,他者への信頼性を操作することで,怒りおよび悲しみと笑顔に対する表情模倣を調べることを目的としていた。実験の結果,笑顔に対する表情模倣は信頼性の影響を受けず,信頼できる相手に対しても信頼できない相手に対しても同等に表情模倣が生じていることが示された。「愛想笑い」というように,笑顔に対して同調を示すことは社会的コストが低いために,他者との関係に関わらず笑顔を返す機能が備わっていると考えられる。信頼性という社会的要因に着目したことで,快表情の心的機能を明らかにできた点が今年度の成果の一つであり,研究目的をおおむね達成できたと考える。また現在行っているEMGの時系列的パターンの解析では,信頼できない相手の怒り表情に対する皺眉筋活動(眉しかめ)はかなり素早く大きく活動することが確認されている。信頼できない相手の怒りは,自己にとって脅威となるため,模倣反応というよりも,怒りに対する感情反応ととらえることができるかもしれない。当初の目的に沿った解析を行うことで,不快表情と快表情観察時の表情筋活動の心的機能を明らかにすることができたと考えている。
本年度は,社会的要因の1つとして信頼性を操作し,快表情と不快表情の心的機能の違いを,表情筋活動の大きさおよび時系列パターンから明らかにしている。今後は,これらのデータについて解析を進め,学会発表および論文化することを目指す。さらに,今年度のデータにおいて,笑顔に対する表情模倣には信頼性の効果は見られなかった。一方で,信頼性の操作を工夫することで笑顔の返報性が高まり表情模倣が大きく生じる可能性もある。今回の実験では,信頼ゲームにおいて,信頼できる相手は,実験参加者が投資したポイントと同等のポイントを返すように設定されていた。これを,投資された額よりもより大きなポイントを返すように変更することで,他者に対する信頼性とともに親和性も高まると予想される。こうした信頼性の操作を強めることで,笑顔の返報性が高まり,信頼できる相手に対する表情模倣が強まると予測する。笑顔の返報性が他者との関係性によって変調することを示すことができれば,悲しみ表情に対する模倣反応と合わせて,コミュニケーションにおける他者との関係を定量化する指標となると考えている。また,これまでは,他者をPC画面上で呈示していたが,今後は,より生態学的妥当性の高いデータを取得するため,実場面における対人間の表情表出を検討したいと考えている。対人場面においては,今後の関係性の継続が予想されるため返報性機能も強まると考えられる。これまでの実験を拡張しながら,より日常場面に近いデータ取得を試みる。
本年度行った実験は,PC画面上に表情を呈示し,表情筋活動を既存の実験機器で計測したため,新たな大型実験機器の購入には至らなかった。このため平成25年度分の未使用額が生じた。今年度から,所属が変更になったため,実験環境のセットアップが必要になる。表情筋計測のための生体アンプや呈示用のPCなどの購入にあてたい。また実験参加者への謝礼の支払いに使用する。国際学会参加のための旅費やや論文誌への投稿料に充てたい。
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Frontiers in Human Neuroscience
巻: 7 ページ: 551
10.3389/fnhum.2013.00551
PLoS ONE
巻: 8 ページ: e63703
10.1371/journal.pone.0063703