本研究の目的は、児童虐待を経験した後の子どもの社会化パターンを成人期まで長期に渡って解明し、特に「児童虐待の再生産論」(虐待を受けた子どもが親になると、今度は加害者となる)について当事者たちがどのように考え対応しているのかについて生活史調査から解明することであった。そのため、①児童虐待を原因に児童養護施設に入所している児童の日常生活に関する参与観察調査と、②子ども時代に児童虐待を経験した前青年期から青年期後期の人を対象とする面接調査を実施したが、なかでも思春期に面接調査を実施し(約10年前)、現在は成人して自分の生殖家族を形成している方への追跡調査によって、かつて抱いていた不安が現在解消されたのか否かを明らかにすることに重点を置いた。 その結果、児童養護施設での参与観察や聞き取り調査からは、児童虐待および家族崩壊によって生じる進路不安や自信のなさ、低学力に陥る傾向や定位家族との関係維持の脆弱さなどについては、心理カウンセリングが一般化される前と大きな変化はみられず、彼らが遭遇する学校内・進学・就職・結婚の際に露わになりやすい社会的困難は相変わらず残っていることが明らかになった。また、生殖家族を築いた者へのインタビュー調査からは、定位家族での虐待経験について客観的に説明できるようになっているものの、生殖家族との繋がりは薄いこと、また「親になったときに、今度は自分自身が加害者となるのではないか」という不安を抱えるケースも中にはみられるものの、しかしその不安を抱くか否かは、児童虐待を受けた年齢・原因や家族形態によって分かれるというよりは、むしろ、彼らが陥りやすい社会的な罠に引っかかったか否かによる差であるという言説を得ることができた。なお、その罠については、女児では性的な被害者となりやすいなどジェンダー間での差異の存在が指摘されている。
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