本研究ではコンパクト多様体上の体積(あるいは体積に絶対連続な確率測度)を保つ微分同相写像が生成する離散力学系のエルゴード性の問題を研究対象とした.ここでエルゴード性の問題とは,測度を保つ変換の反復合成が生成する力学系が与えられたとき,その測度に関する力学系のエルゴード性の判定問題をさす.これは基本的な問題であるが,相空間が代数的構造をもつ場合やAnosov型とよばれる場合以外には,一般に困難であり,近年活発な研究が続いている. これまでの研究で,体積測度が双曲的である(ほとんどすべての点でゼロのLyapunov指数をもたない)場合に,付随する葉層構造を用いて記述される可測的幾何構造を定式化し,この構造の存在がエルゴード性を導くことを明らかにしていた.これは形式的には,既知の場合よりも広範な力学系について適用可能な結果である.また実際に,4次元トーラス上にこの可測的幾何構造が構成できること,しかもこの場合力学系の微小摂動に関して安定であることも確認していた. 今年度はさらに,多様体が2次元の場合には位相推移性がエルゴード性を導くことを明らかにした.この主張自体はF. Rodriguez Hertz氏等によって明らかにされていたが,ここでは位相推移性が上述した可測的幾何構造を誘導することを利用した議論によりエルゴード性を確認した.この結果の意義は,力学系の位相的性質からエルゴード理論的性質を導出した点にある.実際,一般に力学系のエルゴード理論的性質から位相的性質が帰結されることはあるが,逆は様相が異なる.例えばエルゴード的であれば位相推移的であるが,2次元の場合でも,極小的(従って位相推移的)であってもエルゴード的ではない可微分力学系の例が存在する.以上の成果を纏めた論文は受理され出版予定である.
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