研究課題/領域番号 |
24740169
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
福嶋 健二 慶應義塾大学, 理工学部, 准教授 (60456754)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 量子色力学 / 高密度クォーク物質 / 高密度核物質 / 相転移 / 臨界点 |
研究概要 |
高密度物質の相転移・相図を明らかにするために、極限状況下での核物質・クォーク物質の性質を様々なアプローチで研究した。まず、高密度クォーク物質が示すと言われている1次相転移を、核物質の液相・気相相転移と同様に定式化し、クォーク物質中でのカイラル対称性の性質が、どのようにして1次相転移を導くのか、直感的な説明を与えることに成功した。同様の議論を拡張することによって、非一様相がエネルギー的に安定になる一般的なメカニズムを見出し、クォーク物質中では1次相転移よりも非一様相の発現の方がより普遍的な現象であることを明らかにした。 カイラル相転移とは別に、非閉じ込め相転移についても研究を進め、グルーオン・ゴースト伝搬関数と非閉じ込め相転移との関係を具体的計算によって詳らかにした。ランダウゲージでは一般的に、グルーオンは非閉じ込めを引き起こし、閉じ込めはゴーストに起因している。低温ではグルーオン伝搬が抑制されるが、ゴースト伝搬は反対に増大するため、閉じ込めが優勢である。しかし高温ではグルーオンとゴーストがバランスして非閉じ込め相が実現される。格子QCDシミュレーションで得られた有限温度伝搬関数を用いて1ループ計算をすることで、現実的な相転移温度・圧力を再現することができた。 さらに伝搬関数の計算を基にして最近の強磁場中の格子QCDシミュレーションの結果を説明しようと試みた。すなわち磁場を強くすると相転移温度が下がる。これは従来のカイラル相転移メカニズムでは説明できない。伝搬関数計算から帰結される傾向も格子QCDシミュレーション結果とは反対であった。この問題を解決するために、これまでは見落とされていたカイラル相転移と外部磁場との新しい関係を提唱し、これを「Magnetic Inhibition」と命名した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の究極の目的は、強い相互作用の第一原理計算であるQCDによる、QCD相図の解明である。この目的を達成するために本年度は、核物質とクォーク物質、さらに強磁場中でのカイラル対称性の性質についての理解を深めることができた。まだQCDを直接使った数値計算を始める段階には達していないが、QCD計算にも現れるはずの普遍的なメカニズムを明らかにした。また、これまでの30年に亘るQCD相図研究をまとめた総合報告書を、招待レビューとしてProgress in Particle and Nuclear Physics誌に寄稿した。このようにQCD直接計算のための準備は着実に進んでいる。 QCD直接計算を汎関数繰り込み群に応用する際には、グルーオン伝搬関数とゴースト伝搬関数が最も基本的な量となる。これらは温度・密度に依存しており、本年度の研究によって、それぞれの温度・密度における伝搬関数を正しく使うことが、圧力を計算するうえで非常に重要であることが分かった。QCDの閉じ込め機構を的確に模型化したGribov-Zwanziger定式化を自己無撞着的に用いて、温度依存するグルーオン伝搬関数の1ループ計算を行い、3ループのHard Thermal Loop計算で得られる圧力に極めて近い結果を与えることも確認している。現在、この成果を発表するための論文を準備している。 汎関数繰り込み群を積極的に用いているドイツの研究グループとも密接に研究交流し、Gribov-Zwanziger定式化による結果の正当性をQCD計算と照らし合わせてチェックしている。これまでのところ全て期待通りの結果となっており、研究は順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
QCDによる相図研究には、伝搬関数の計算と、2PIダイアグラムの評価が必須である。伝搬関数の計算では、横波グルーオンに非摂動的な質量項が出てくるため、有限温度の磁気スケールが自然と与えられる。このソフトスケールを計算し、磁気的な弦定数との関係を具体的に求めることは、非常に興味深い課題である。有限温度だけでなく、有限密度・強磁場中のクォーク物質について考えると、クォークやバリオンの自由度をいかにして取り入れるか、という問題と直面しなければならない。とりわけ核物質中のバリオンを、QCDから直に記述することはたいへん難しく、核物質からクォーク物質への相転移(あるいはクロスオーバー)の詳細については、ほとんど分かっていないと言ってよい。今後は、グルーオン・ゴーストの自由度だけでなく、このようなバリオン自由度を自然と取り込むために、ダイクォークの入った理論模型を構築する必要がある。すなわち、バリオンはクォーク3体系であるから、クォーク2体系であるダイクォークに、さらにもうひとつクォークを結合させれば、バリオンを導入できるわけである。ダイクォークの重要性と模型構築に関しては、ドイツ・ハイデルベルク大学の研究グループと議論しながらプロジェクトを進めており、現在、具体的な計算段階にまさに入ろうとしているところである。
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次年度の研究費の使用計画 |
汎関数繰り込み群およびクォーク・ダイクォーク模型を構築するために、ドイツ・ハイデルベルク大学およびアメリカ・ブルックヘブン国立研究所へと出張し、そこで研究交流・議論を重ねる予定である。また国際会議で成果発表することによって、世界的な研究者からのフィードバックを得ることも、より質の高い研究を遂行するために必要不可欠である。すでにイタリアの研究所で6月に開催される国際会議で招待講演を依頼されている。9月には台湾国立大学からも招聘を受けている。このような使途として研究費の大部分は旅費に充当したいと考えている。また逆に、ドイツやアメリカ、アジア諸国からの訪問研究者にセミナー等をお願いし世界最先端の情報へと常にアップデートできる体制にすることも重要である。そのための謝金を確保しなければならない。また、研究の進捗状況に応じて、必要な情報を効率的に集めるために、専門書やコンピューターソフトウェアを購入予定である。
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