本年度は、実時間における量子現象の理論的定式化と、曲がった時空におけるクォーク物質の性質について興味深い研究成果を得ることができた。 実時間の物理現象はとくに強電磁場中での粒子生成の問題と関係して、高エネルギー原子核衝突実験を解析するうえで非常に重要である。実時間での数値シミュレーション法は、近年は古典統計シミュレーションと呼ばれるアプローチが成功を収めているものの、半古典近似の範囲を超えるのが難しい。そこで確率過程量子化法に基づいた数値シミュレーション法を構築するために、比較的に簡単な低次元系で解析的・数値的にテスト計算することによって、手法の正当性を検証する研究を行った。結果は驚くべきことに、ほとんど全ての場合に非物理的解に収束してしまう、というものだった。そこで位相空間に制限をかけることによって、非物理的解への収束を回避する処方箋を提唱した。 高エネルギー原子核衝突実験で作られたクォーク・グルーオン・プラズマは膨張しているため、曲がった時空における真空構造の変容を調べることは、現象論的にも興味深い問題である。この問題に答えるために、スカラー曲率が支配的であるような時空上でのフェルミオンのエネルギー分散関係を計算し、「カイラルギャップ効果」と命名した新たな物理的機構を見出した。通常、フェルミオンの質量はカイラル対称性と深く関係しており、質量ギャップは対称性の破れとともに発生する。しかしカイラルギャップ効果では、カイラル対称性を破ることなく、フェルミオンに質量ギャップを与えることができる。このような物理的機構に基いて、過去になされた極めて複雑な計算の結果を、定性的なレベルでは直感的に説明することができる。こうした成果の延長として、有限の磁場中のカイラルギャップ効果についても議論し、従来は知られていなかったタイプの磁気触媒効果を発見することにも成功した。
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