研究課題/領域番号 |
24740192
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
大原 潤 北海道大学, 理学(系)研究科(研究院), 助教 (50552585)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 光誘起ダイナミクス / 光磁性体 / ハロゲン架橋白金ナノチューブ / 電子相関 / 電子・格子相互作用 |
研究概要 |
本研究は光がもたらす量子ダイナミクスの本質を明らかにするものである。光誘起ダイナミクスに関して特筆すべき研究結果を下記にまとめる。 1) 四方逆プリズム型モリブデン錯化合物に発現する多彩な磁性と光誘起磁化: シアノ架橋銅モリブデン化合物は,波長の違う可視光を照射することにより,オン・オフ可逆の誘起磁化を示すことが知られているが,その増幅・減衰機構について,微視的解釈は得られていなかった。我々は,配位子場理論に基づき,I4/m結晶構造内での有効軌道を見極め,3次元有効ハミルトニアンを構築した。我々はまず,群論に基づく対称性に関する議論と数値計算により,基底状態において,常磁性状態,強磁性秩序状態及び2種類の反強磁性秩序状態が強く競合していることを明らかにした。その後,時間依存シュレディンガー方程式を経路積分的に解き,常磁性状態への光照射効果を解析した。電子励起の質的な変化を経た2段階の光吸収が起こり,その2段目で磁化が誘起されることを明らかにした。 2) コバルト酸化物における光誘起スピン状態転移: 表題物質では結晶場とフント結合の競合により,コバルト上の電子配置が,低温で低スピン状態(非磁性状態),高温で高スピン状態(磁性状態)を取ることが知られている。近年,レーザー照射による磁気転移が報告されており,電荷・スピン状態自由度・格子の光誘起複合ダイナミクスが注目されている。我々は,拡張ハバード模型に基づき,厳密対角化法・時間依存ハートリー・フォック法を用いて,低スピン絶縁状態への光照射効果を解析した。光照射によって形成された電子と正孔が対消滅する際に高スピン・低スピン対が発生し,高スピン・サイトと正孔サイト間に引力相互作用が働くことで,光誘起磁気モーメントが安定化することを発見した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度はまずシアノ架橋銅モリブデン化合物の物性概観から着手した。群論による詳細な解析を行うことで,光励起状態に先立ち,基底状態物性を明らかにした。上述のように極低温領域では,常磁性,強磁性そして反強磁性状態が競合している。常磁性状態への光照射効果を数値シミュレーションすることにより,光誘起強磁性状態の発現を確認した。またその際,モリブデンから銅への電荷移動が生じていることも突き止めた。これらは本物質における,光スウィッチング磁性(励起波長を変えることによるオン・オフ可逆な誘起磁化)解明の第一歩である。また,上記光ドープ効果のみではなく,金属原子の置換効果(正孔ドーピングに対応)についても詳しく解析した。正孔ドーピングは,反強磁性秩序状態を安定化させる事が分かり,光ドーピングとは質的に異なることを明らかにした。電子構造の詳細な解析そしてその比較が今後必要であるが,本研究目的である,“光励起の本質の抽出”に対する足掛かりを得ることができた。 もう1つの舞台として挙げている4角柱状ハロゲン架橋白金錯体(MXチューブ)についての解析にも着手し始めたところである。本系では基底状態で,タイプの異なる複数の電荷密度波(CDW)状態が競合しており,まずそれらの光学伝導度を調べた。その際,その異方性(チューブ方向に対して垂直・平行な偏光吸収)に注目し,特に垂直偏光吸収スペクトルの形状は,各CDW状態を特徴づけることを明らかにした。これにより,今後の光励起状態解析の足場を固めることが出来た。 また,計算機を新規導入し,数値計算環境を整えた。その性能チェックも兼ねて上記に係る数値計算を実行した。以上のように,本研究はその内容,環境設営ともに計画通り順調に進捗している。
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今後の研究の推進方策 |
シアノ架橋銅モリブデン化合物に関して,本格的に物質に沿った議論を展開して行く。時間・角度分解光電子分光スペクトル(時間分解ARPES)を計算し,光励起後の電子構造変化の詳細を解析して行く。励起波長の違いがもたらす影響を調べ,特に磁化減退機構を明らかにして行く。また緩和過程に沿って光学伝導度の計算も行い,時間分解ARPESも含め観測サイドに提示し,モデル実験の提案を行う。平行して有限温度相図を求め,温度効果を解析して行く。光ドーピング,化学ドーピング,そして温度上昇による物性を明らかにし,総括に向けた足場固めを目指す。 平行してMX tubeの光反応ダイナミクスに関する研究を進めて行く。時間発展計算を行い,光照射による非線型励起(ソリトン・ポーラロンなど)の可能性を探索する。その中で,光誘起相転移との関連を調べ,局所的な電子構造・格子構造変化が,巨視的領域に広がって行く動力学を明らかにする。状態変化のトリガーとして電子系を光励起した場合と,格子系を揺さぶる場合(例えばTHz光照射を想定)でその後の時間発展にどの様な違いが現れるか検証する。その中で,電子系と格子系間のエネルギー交換に注目し,単鎖類似物質との差異を明らかにし,チューブ構造特有の物性を抽出する。本系においても,化学ドーピング,温度効果も調べ光励起の特徴を見出す。特に格子自由度の影響に注目する。 さらに,実験拠点との連携も視野に入れ,国内外の研究会に積極的に参加し,情報交換にも努める。最新の情報を入手し,それに応じて研究の優先順位を変更するなど柔軟な応対をして行く。
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次年度の研究費の使用計画 |
大規模数値計算の実施に備え,本年度購入した計算機のメモリやハードディスクの増設を検討する。また計算機本体の価格動向も常にチェックし,研究の進捗状況により必要と判断すれば,新規計算機の導入も視野に入れる。本研究計画遂行の要である数値計算環境の充実を最優先事項とする。 また研究成果を広く発信するため及び情報収集のために積極的に関連会議[春・秋の日本物理学会や国際会議(The International Conference on Strongly Correlated Electron Systemsなど)]へ参加する。これら対外活動経費を使用する。その中で,研究活動及び対外アピールを効果的・効率的に遂行するための機器・ソフトウェア(グラフ描画,動画作成,プレゼンテーション向上ツールなど)の購入を検討する.その他成果発表に係る経費を使用する。
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