研究課題
今年度はグラフェン非整合系、積層欠陥に関する物性を中心に以下に述べる成果を得た。結果は7編の論文として発表された。近年、複数の原子薄膜が非整合な角度で積層する「モアレ積層系」が作成され注目を集めている。コロンビア大学の実験グループとの共同で、2層グラフェンとBN(窒化ホウ素)の積層系における磁場中の量子ホール効果を測定し、実際にフラクタル構造に起因するギャップ構造が存在することを確かめた。これは空間周期と磁場との干渉によって現れる「Hofstadterの蝶」と呼ばれるスペクトルであり、1960年代に理論的に予言されていて以来、世界で最初の実験的証明となった。次いでMITとの共同研究では単層グラフェンとBN積層系における電気伝導度の測定により、フラクタル構造を確かめた。またランダム積層グラフェン上の磁場中光スペクトルを理論的に計算し、「Hofstadterの蝶」が光学測定でどのように見えるかを初めて予言した。今後の実験測定に対して有用な結果と考えられる。積層グラフェンにはAB積層とよばれる安定な積層形態が存在するが、一つのグラフェン上にはエネルギー的に等価なAB積層ドメインとBA積層ドメインが混在し、両者の間には積層欠陥が存在することが近年の実験で確かめられている。今回このAB-BA積層欠陥における量子輸送現象を確かめるべく、電子の透過確率を計算した、その伝導確率が電子のエネルギー、また入射角に非常に敏感であることが明らかになった。AB-BA積層欠陥はグラファイト系に自然に存在する普遍的な構造であり、この結果は、積層グラフェン系の電気伝導で欠陥による影響が極めて重要であることを示している。また積層欠陥上で電子密度をコントロールすることで電子の透過確率を制御できることを示唆する。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、申請時の研究目標の内「原子薄膜の電子構造を理解する(層数、エッジ効果)」、「電気伝導を明らかにする」、「光物性の探究」のテーマに関して大きな進展があった。とくにモアレ積層系の「Hofstadterの蝶」に関しては、昨年度に続く理論の発展とともに、実験グループとの共同でその実験的発見に理論的な立場から大きく貢献した。光物性の探究では、グラフェンモアレ積層系の磁場中光吸収を計算し、「Hofstadterの蝶」の光学測定を世界で初めて予言することができた。また、グラフェン積層系における普遍的な構造であるAB-BA積層欠陥に関して、その量子伝導に対する影響を予言することに成功した。最終年度の課題は「「グラフェンを越えた新たな原子薄膜」への展開であり、MoS2を含む遷移金属カルコゲナイド系の物性探究を本格的に着手する。
最終年度のの重点課題は「新たな原子薄膜の探究」とする。原子薄膜系として注目されつつあるMoS2(二硫化モリブデン)薄膜の研究に着手する。この系の特徴はスピン軌道相互作用が強くスピンと擬スピン(バレー)が絡み合ってバンドが分離していることである。グラフェンでは不可能であったスピンを電気的に直接制御できる可能性を秘めており、スピントロニクスへの応用の可能性も期待される。今年度の研究では、MoS2の電子構造を第一原理バンド計算に基づくタイトバインディングモデルを開発し、そのモデルを用いて電気伝導の詳細なモデル計算を行う。特に局所ゲート構造や単層ー2層の積層境界といった具体的なジャンクション構造を仮定し、スピンや擬スピンに依存した電気伝導の研究を行う。これにより全体目標の一つである「原子薄膜バレートロニクス」につなげることを目指す。
計算機資源の有効活用の結果、電子状態計算に用いる新たなコンピュータの購入を平成26年度としたため。電子状態計算に使用する計算機購入と研究発表の出張旅費として、平成26年度請求額と合わせ、平成26年度の研究遂行に使用する。
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