水素ハイドレートとは、水分子による水素結合ネットワークの中に水素分子が内包されている物質である。本研究の目的は、水素ハイドレート中の水素分子の拡散運動を中性子散乱により調べることである。本研究では、比較的低圧力下(10MPa程度)で試料作成するため、ヘルパーガスとしてテトラヒドロフラン(THF)分子を用いた。このハイドレートには大ケージと小ケージがあり、大ケージにはTHFが、小ケージには水素分子が内包される。これらゲスト分子の運動を明らかにするため、中性子準弾性散乱測定を行った。平成24年度はフランスのラウエ・ランジュバン研究所に設置されたIN5分光器を用いて行った。平成25年度は、米国国立標準技術研究所(NIST)に設置されたHFBS分光器を用いて、測定を行った。この2台の分光器はエネルギー分解能が異なり、IN5分光器では1ps~10psの緩和挙動が、HFBS分光器では100ps~2nsの緩和挙動を調べることができる。 IN5分光器を用いた測定では150K以上で10ps程度の緩和時間を有する水素分子の運動が観測された。一方、HFBS分光器では、5Kから260Kの範囲で緩和挙動が100ps~2nsの範囲で見られなかった。これは、150K以下で(1)緩和運動が消失する、あるいは(2)緩和時間がアレニウス則から外れ、トンネル拡散に移行したような振る舞いが現れていると考えられる。今後、さらに研究を進め、上述の解釈について決着をつける予定である。 本研究のように、複数の中性子分光器を用い、広い時間領域においてハイドレート中の水素分子の微視的運動を調べた報告はなく、重要な結果である。
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