本年度(最終年度)は、正方格子上フラストレート強磁性体での中間結合領域に見出されているd-波的な量子スピン液晶状態の平均場理論を基にして、そこでの核磁気縦緩和率の低温での温度依存性を決定した。そこでは、ギャップレスのスピノンの個別励起が存在しないために、directorの揺らぎに対応するギャップレスのdirector波励起が、低温での核スピンの緩和に支配的な寄与をもたらす。ギャップレスの集団励起の核磁気緩和率への寄与として、直接過程とラマン過程が考えられる。通常の磁性体では、弱い磁気異方性の為に、直接過程はエネルギー的に禁制である。そこで、ラマン過程のみを考慮した。量子スピン液晶状態の平均場まわりからの揺らぎを系統的に取り込む方法としてlarge-N展開を採用すると、ラマン過程は、2-100pの寄与から取り込まれる。本研究では、動的スピンスピン相関関数の、2-loopの寄与の中でも特に、低温で支配的になる項の形を、director波の対称性を考慮して決定した。その表式に基づき、NMRの1/T1の低温での温度のべき乗則を評価し、1/T1~T^{2d-1}という結果を得た(ただしdは実効的な空間次元で、今は二次元以上を考えているのでd≧2)。このべき乗則は、強磁性体や反強磁性体での低温での1/Tlの温度のべき乗則(1/T1~T^{2d-3})と比べると、明瞭な違いがある。この違いは、スピン液晶相のdirector波が時間反転対称操作に対して偶であるのに対して、(反)強磁性体のスピン波が時間反転対称性に対して奇であることに起因する。この意味で、核磁気縦緩和率の低温での振舞いは、スピン液晶相を同定する有力な実験手法であると言える。また、X[Pd(dmit)2]2(X=EtMe3Sb)での低温相で実験的に見出されている1/T1~T^2の振舞いと整合していないことから、これらの有機系で、量子スピン液晶相が実現している場合には、少なくとも、ギャップレスのスピノンの個別励起などが存在していることが期待される。
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