研究課題
申請者は平成23年度以前に、新超伝導体PtドープIrTe2を発見した。IrTe2は250 K付近で構造相転移し、Irの三角格子が歪んでIrの二等辺三角形を形成する。この特徴的な構造相転移がPtドープによって抑制されると超伝導が発現する。構造相転移と超伝導発現に因果関係があることが示唆される。平成24年度において、申請者は母物質を含めた様々なドープ量のPtドープIrTe2の良質な単結晶の育成に成功した。電気抵抗および磁化測定などの基礎物性測定によってその物性を評価し、多結晶と同様な電子相図が得られることを示した。また、多結晶および新しく得られた単結晶試料を用いて、外部の研究グループとの共同研究として光電子分光測定を行った。これによってPtドープIrTe2の電子構造に関する新たな知見を得られ、Irの5d原子軌道、またはTeの5s原子軌道の存在と、その電荷・軌道の不安定性が構造相転移に密接に関与することを示した。この物質における超伝導発現の背景には構造相転移を誘起する軌道秩序の物理があると考えられ興味深い。構造相転移を誘起する秩序状態の正体を明らかにし、その物性を明らかにするためには、良質な単結晶による精密な物性測定が必要不可欠である。しかし、本研究の申請時点でIrTe2の単結晶試料の報告はなされておらず、2012年3月にFangらによって初めて報告されたが、その物性は未知の部分が多く超伝導が発現する組成の単結晶の報告はされていなかった。本研究による様々な組成のPtドープIrTe2単結晶合成の成功は、物性測定によって構造相転移と超伝導の関係を明らかにする基礎を築いた点で意義深い。また、実際に光電子分光によって、構造相転移の背景に軌道秩序・軌道不安定性の物理が関与すること示した点が重要である。また、秩序状態を直接観察するX線精密構造解析が可能となり、現在測定・解析が進行中である。
2: おおむね順調に進展している
様々な組成のPtドープIrTe2の単結晶合成に成功し、相境界に発現する超伝導と構造相転移の関係を調べる基礎が築かれた。これによって電気抵抗や磁化などの基礎物性を明らかにした。さらに光電子分光により電子構造に関する知見が得られ、Irの5d原子軌道が構造相転移を引き起こす不安定に関与する可能性を指摘した。このように、発見した新超伝導体の物性に関してすでに一定の理解が得られている。また、他のグループとの共同研究として、単結晶および多結晶試料を用いたX線精密構造解析と、STMによるギャップ構造の研究も進められている。残りの研究期間でIrTe2の物性解明がさらに進むことが期待される。新奇超伝導体の探索に関しては、残念ながら現状では特に成果は無い。その理由として、物質探索よりもまずIrTe2の研究を優先したこと、筆者が2012年度に岡山大学から東京大学に所属が変更して研究テーマが一部変更したこと、新物質の探索自体がチャレンジングなテーマであることが挙げられる。2013年度はこちらの研究テーマにさらに注力していく方針である。
「現在までの達成度」の項で記述したとおり、他のグループとの共同研究として、単結晶および多結晶試料を用いたX線精密構造解析と、STMによるギャップ構造の研究を推進する。それによってIrTe2の構造相転移と超伝導の発現の関連性を明らかにする。新奇超伝導体探索も残りの研究期間に推進する。特にIrTe2と同様な秩序状態をもつ物質を視野に入れている。うまくいけば、IrTe2の比較対象として電子状態を評価することにより、秩序状態に対する理解が進むことが期待される。申請者はその候補としてNaTiO2に着目している。これはIrTe2と同様に三角格子をもつ二次元層状化合物であり、200K~250K付近で構造相転移するとともに電気抵抗率などに異常がみられるという共通点をもつ。NaTiO2はTi3+の3d1電子が一つ三角格子上で規則的に整列していると秩序状態を形成していると推測される。そこでNaTiO2に対して元素置換してIrTe2と同様に超伝導が発現するか調べる。超伝導が観測されれば、IrTe2と同様に研究を発展させる。
2012年度に申請者の所属が変わり、研究環境も大幅に変化した。電気炉、磁化測定装置等、物質探索に必要な装置や設備は一通りそろっているが、XRD装置やグローブボックスなど一部の装置の老朽化や必要な試薬の不足など、以前の環境と比較して不利な点が多々ある。研究を遂行するうえで、必要なこれらの装置の修理や試薬の購入などを計画している。また、低温測定にとって重要なヘリウムの購入も考慮する。また、得られた研究の成果を学会発表や論文で発信する必要があるため、旅費や論文投稿費として使用する。
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