本研究の対称物質である鉄系超伝導体は非超伝導状態の母相で正方晶から単斜晶もしくは斜方晶への構造相転移が存在し,その転移と伴に反強磁性秩序及び軌道秩序が発達することが知られている.この母物質への元素置換,及び圧力印加により構造及び反強磁性相転移温度が減少し,超伝導が発現する.このように鉄系超伝導体では電子系が格子,スピン,軌道の自由度と密接に結びつき,その電子物性は多自由度相関により複雑化している. 本研究では,これらの自由度間にどのような相関があるのかを微視的側面からアプローチし,鉄系超伝導体の電子物性を支配する機構の解明を目指し,最も単純な結晶構造を持つFe1+dTe1-xSexにおいてSTM測定を行いその電子状態を微視的に調べた. 特に自由度間の相関に着目するため,反強磁性及び軌道秩序が存在する斜方晶構造の母相に着目し,Fe1+dTeにおける走査型トンネル分光イメージングに注力した.その結果,母相では, EF近傍の状態密度が反強磁性秩序のスピン反並行方向沿って一次元状に変調していることが明らかとなった.この結果は,電子が鉄サイト間をホッピングする際に,各鉄サイトにおける強いフント結合によってスピン並行方向へのホッピング確率が高くなるという最近の理論とも矛盾しない. さらに,局所的な磁性不純物として働く過剰鉄近傍における電子状態が二等辺三角形状に分布しており,この空間対称性も背後にある反強磁性秩序の対称性と合致することも見出した.この結果も各鉄サイトにおける強いフント結合を考慮した電子ホッピングモデルでうまく説明ができる結果となっている. このように本研究によって,各鉄サイトにおける強いフント結合がこの系の電子物性を支配する重要なパラメータの一つであり,この系の電子物性が3d軌道の軌道間エネルギー差とフント結合の強さとのバランスで特徴付けられるという結論を導き出すことができた.
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