研究課題/領域番号 |
24740276
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
土屋 俊二 東京理科大学, 理学部, 助教 (80579772)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 冷却原子気体 / 光格子 / フェルミ超流動 / 量子相転移 / クーパー対液体 |
研究概要 |
当該年度においては、クーパー対液体を記述するためのミクロな理論を構築するため、蜂の巣格子中の引力フェルミ気体を考え、引力ハバード模型を用いてフェルミオンの集団モードについて調べた。蜂の巣格上の引力ハバード模型はハーフフィリングにおいて、引力の強さを大きくすると半金属から超流動相へ量子相転移する。本研究では平均場近似で求めた基底状態に対し、一般化乱雑位相近似を用いて集団モードのスペクトルを計算し、量子相転移点近傍における集団モードの振る舞いについて詳しく調べた。その結果、この系では超流動相において、秩序パラメタの位相の揺らぎに伴うアンダーソン-ボゴリウボフモードに加え、振幅の揺らぎに伴うヒッグスモードと呼ばれる集団モードが安定に存在することがわかった。通常の超伝導、超流動体では、ヒッグスモードは準粒子に分解し強く減衰するため、安定な励起として存在し得ない。しかしこの系では、ヒッグスモードは準粒子の連続体よりも低いエネルギーを持つため準粒子への崩壊が許されず、その結果 ヒッグスモードの減衰が起きない。超伝導および超流動体において、このような安定なヒッグスモードが存在する例は非常に稀である。このように量子臨界点近傍においてヒッグスモードが低エネルギー励起として安定に存在するということは、秩序パラメタの強い量子揺らぎを意味しており、平均場近似を超えた基底状態におけるクーパー対液体相の存在を強く意味している。更に、これらの超流動の集団モードは半金属相においてエキシトンとクーペロンと呼ばれる2種類の集団モードに変化し半金属相においても生き残ることが明らかとなり、半金属-超流動相間の量子相転移がクーペロンの凝縮を伴うことがわかった。またヒッグスモードはブラッグ散乱と呼ばれる手法によって冷却原子気体において観測可能であることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該年度においては、当初の計画通りクーパー対液体状態を記述するためのミクロな理論の開発に取り組み、クーパー対液体において重要となる引力相互作用による対揺らぎと、密度揺らぎを適切に取り込んだ一般化乱雑位相近似と呼ばれる理論的な枠組みを蜂の巣格子上の引力ハバード模型に対して定式化し、更にこの理論を用いて量子相転移点近傍における集団モードについて詳しく解析を行った。その結果、[研究業績の概要]において詳述したように, 超流動秩序パラメタの振幅の揺らぎによるヒッグスモードと呼ばれる集団モードに興味深い振る舞いが見られることを発見した。通常の超流動体、超伝導体における寿命が短く不安定なモードであるのと対照的に、この系ではヒッグスモードが安定に存在し、特に臨界点近傍ではヒッグスモードは低い励起エネルギーをもつため、秩序パラメタの揺らぎが顕著になり、臨界点近傍における超伝導秩序の強く揺らいでいることを見いだした。当初の計画では基底状態の相図を決定する予定であったが、本研究で見いだしたヒッグスモードの興味深い振る舞いはクーパー対液体の出現を強く示唆しており、研究計画通りの成果であったと言える。ヒッグスモードは最近素粒子の分野で加速器を用いた実験により観測され話題になっている。高エネルギー物理の分野において、ヒッグスモードの研究は素粒子の標準模型の正当性を確認し、更にそれを超えた理論を構築する上で大変重要である。本研究の成果は、蜂の巣格子中のフェルミ原子気体においても安定なヒッグスモードが観測可能であることを示しており、今後この系を用いてヒッグスモードの研究を進めることにより、素粒子物理の発展にもつながると考えられる。これらをふまえると、本年度の研究成果は当初の目的以上に達成されたのではないかと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究において、蜂の巣格子中の引力フェルミ原子気体が量子臨界点近傍において安定なヒッグスモードを持つことを明らかにした。ヒッグスモードは秩序パラメタの振幅の揺らぎに伴う集団モードであるため、ヒッグスモードが安定に存在するということは、臨界点近傍において秩序パラメタが大きく揺らいでいることを意味している。更にこの結果は、ヒッグスモードによる揺らぎが長距離秩序を破壊し、それによりクーパー対液体が現れる可能性を強く示唆している。しかし、これまでの平均場近似に基づく超流動秩序パラメタの計算には集団モードの効果は取り入れられていない。そこで今後の研究では、これまでのグリーン関数法に基づく理論を拡張し、ヒッグスモードを含む集団モードによるフィードバック効果を自己エネルギーに取り込んで超流動の秩序パラメタを計算することにより、超流動相への量子相転移点を決定する。他方、これまでの研究により半金属相においてクーペロンとエキシトンと呼ばれる励起が安定に存在し、それらが超流動相において集団モードへと変化することを明らかにした。そこで、半金属相においても、クーペロンとエキシトンによる揺らぎの効果を取り込んで自己エネルギーを計算することにより1粒子状態を決定する。更に、1粒子スペクトル関数、状態密度を計算し、励起スペクトルにギャップが生じる領域を定める。これにより、クーパー対液体相が、半金属相と超流動相の中間に位置する相として定められ、相図を決定することができる。それと同時に、クーパー対液体相の領域と、1粒子にギャップが生じる領域を比較し、クーパー対液体が擬ギャップ状態となっていることを検証することが可能である。更に、光原子分光スペクトルを計算することにより、光原子分光実験においてクーパー対液体相、および擬ギャップの観測可能性を検証する。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度においては、これまでのグリーン関数法に基づく多体理論を更に精密化し、2体のグリーン関数の極として現れる集団モードの効果を取り入れて自己エネルギーを計算する。更に、この自己エネルギーより1体のグリーン関数を計算し、ギャップ方程式を導き、それを解くことによりクーパー対液体相の相図における領域を確定することを目指す。また、この理論を拡張することにより、光原子分光スペクトルの計算を行う。このような高度な多体問題の計算では、もはや解析的な手法は限界となり、これまでよりも一層数値的な手法に頼らざるを得なくなる。特に、相図の特定のためには広いパラメタ領域において物理量を計算する必要がある。そのため、次年度の研究費により複数のプロセッサを搭載した大きなメモリを持つ計算機を購入することを計画している。また、海外や国内の会議において情報収集を行い、第一線で活躍する研究者と頻繁に議論し、情報交換を行うことは本研究を遂行し、優れた研究成果を得るために必要不可欠である。特に、冷却原子気体の研究分野は欧米において盛んに研究されていいるため、アメリカやヨーロッパの国際会議に頻繁に出席し、最新の研究の動向を把握することが重要である。そのために、次年度申請する研究費において旅費が一定の割合を占めている。
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