H2O分子のオルソ・パラ転換が氷(固相)で進むかどうかを調べるために,氷に光を照射しH2O分子を気相へ脱離(光刺激脱離)させ,その原子核スピン温度を測定する実験をおこなった.真空チャンバー内に設置したアルミ基板(8 K)に,H2O分子のガスを蒸着させアモルファス氷を作製し,氷に重水素ランプを照射する.重水素ランプの真空紫外光により光刺激脱離をおこしたH2O分子の原子核スピン温度を共鳴多光子イオン化法により測定する実験をおこなった.その結果,真空紫外光によるH2O分子の光刺激脱離の量子収率は非常に小さいことが明らかになり,H2O分子の共鳴多光子イオンスペクトルを測定することは困難であることがわかった.次にキセノンフラッシュランプを集光し実験をおこなったが結果は同様であった.そこで,Nd:YAG レーザーの第二高調波(532 nm)をアモルファス氷へ照射したところ,H2O分子の共鳴多光子イオンスペクトルを測定することができた.その結果,アモルファス氷は8 Kで作製したにもかかわらず,光刺激脱離をおこし気相へ放出されたH2O分子の原子核スピン温度は8 Kよりも有意に高い(> 30 K)可能性があることが明らかになった.以上の結果は,氷から光刺激脱離をおこしたH2O分子の原子核スピン温度は,氷の温度を必ずしも反映しないことを示すものであり,彗星で観測されるH2O分子の原子核スピン温度から分子生成時の環境を推測することは妥当でない可能性を示唆している.
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