中間圏・下部熱圏(MLT)領域の温度は、地球大気の子午面循環や、宇宙の電離大気と地球の中性大気の相互作用を理解する上で極めて重要な物理量である。共鳴散乱ライダーはこの領域の温度を高い時間・高度分解能で測定可能な唯一の測器だが、温度測定のためにはレーザー周波数を厳密に制御する必要があり、これが装置を複雑にし、設置環境や観測対象を限定的にしている。本研究では、共鳴散乱ライダー温度計測法の汎用性と適用範囲を広げるために、レーザー周波数を射出前に厳密に制御する現行手法に替わって、観測対象からの共鳴散乱信号を利用して解析時に決定する新しい手法を提案した。 レーザー周波数制御法として、本研究ではシステムが比較的簡単な、波長計を用いた手法(波長計で種レーザーの周波数をモニターし、その周波数をフィードバック制御することで送信レーザー周波数を制御する)を採用した。本年度は、このシステムの振動対策や環境温度対策を講じた上で、カリウムやルビジウムの蒸気セルを使った飽和蛍光スペクトル測定で、この周波数制御法の繰り返し精度と安定性を精査した。その結果、本手法は周波数の絶対値には不確定性があるものの、各周波数の再現性は非常に高いことが分かった。つまり、この手法で鉛直方向の3周波観測を行えば、導出される見かけの鉛直風速度から正確な送信レーザー周波数を知ることができるわけである。本手法はレーザーの周波数制御システムを簡素化するだけでなく、発振可能な周波数範囲内で任意の周波数に調整することが出来るため、人工衛星やロケット、航空機などの飛翔体に搭載し、ライダーシステム自体が移動速度を持つような場合にも、移動速度の視線方向成分に相当するドップラーシフトを考慮して送信レーザー周波数を選ぶことが出来る。また、原子以外に、イオンの温度観測等にも応用できるため、共鳴散乱ライダーによる観測対象の大幅な拡大も期待される。
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