研究課題/領域番号 |
24750002
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
河合 信之輔 北海道大学, 電子科学研究所, 特任助教 (90624065)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 化学反応ダイナミクス / エネルギー地形 / 実効的な次元 / 熱ゆらぎ / 凝縮相 / 生体分子 |
研究概要 |
凝縮相の化学反応(生体分子Met-enkephalinの構造転移)について全原子レベルの分子動力学シミュレーションを行い、末端間距離の時系列を得た。得られた時系列から、それの従う運動方程式を一般化ランジュバン方程式の形で抽出した。求めた摩擦核の関数形を解析し、13個の実効的な環境モードを抽出した。このことは、溶媒を含めて2000個以上の原子から成る系が、本質的には14個の力学変数で記述可能であることを示している。見出された環境モードは、全てfs領域の振動モードであった。一方で、この分子の構造転移は実際にはns程度の遅いスケールで起こっており、上述の速い環境モードが必ずしも構造転移に本質的に影響しているとは限らないと考えられた。そこで、遅い運動モードだけを取り出す手法として、末端間距離の時系列の移動平均を取り、これを与えられた時系列と見なして同じ解析を行った。末端間距離の移動平均が従う一般化ランジュバン方程式は、元のものとは大きく異なり、特に摩擦核には5つの遅いモードが新たに現れた。この結果により、複雑な系の実質的な自由度の数と性質は、同じ系でも着目する現象の時間スケールによって大きく異なる事が判明した。 また、着目する時間スケールを変えると、摩擦核だけでなくエネルギー地形も変化することが見出された。この考察を進めるうえで、エネルギー地形概念の見直しが必要であることが分かり、その数学的定式化を行った。特に、系が受ける力の期待値を反映する「平均力ポテンシャル」と、平衡分布を与える「自由エネルギー地形」とは、通常の座標では一致するが、局所時間平均を取った物理量では、その差異が顕著になることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
全原子レベルの分子動力学シミュレーションの遂行は完了し、統計評価により、十分な数のサンプルを得たことも確認した。シミュレーション結果から、系を記述する一般化ランジュバン方程式および実効的な自由度の抽出についても、その理論的定式化と計算の実効を共に完了している。得られた実効自由度と原子座標との相関を取り図示することで、「本質的な変数」の原子分子的描像まで含めて、現象の本質を理解する事を可能にした。 最初に一般化ランジュバン方程式を求めるための変数の選択に任意性があったが、この点では時間スケールの問題という観点から大きな進展があった。すなわち、着目する時間スケールを変えると実効的自由度の数や性質が大きる変わることを見出した。大きな系では多様な時間空間スケールの存在が普遍的な問題であることから、凝縮相分子系のダイナミクスの本質的理解にさらに大きく貢献するものと期待される。 時間スケールとエネルギー地形の関係の基礎的考察は既に論文(Physical Review E, rapid communication)を発表しており、一般化ランジュバン方程式を用いた分子動力学シミュレーションの解析の結果を論文にまとめる作業を現在進めている。
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今後の研究の推進方策 |
理論面では、「実効的自由度」概念のさらなる深化を目指す。具体的には、実効的自由度の抽出方法が一意的かどうかの検討、摩擦項が非線形な場合や非定常系においても実効的自由度の抽出を可能にするための理論的拡張、一般化ランジュバン方程式の中の摩擦項だけでなくランダム力も環境の情報を担っているはずなので、その情報も取り込めないかどうかの検討、などを行う。 シミュレーションの面では、今年度に開発した手法を受け、様々な分子系に対象を拡張してその解析を行う。現象にとって本質的な自由度の抽出(それがいくつあるか)、それらの間の独立性・相互作用の程度を調べる。ここでは、シミュレーションの遂行やその効率化に重点を置く。大規模な分子系の解析を行うため、場合によっては統計誤差の生じない十分な量のサンプルを得るために計算時間が大幅にかかることも考えられる。サンプル数に対する結果の収束性が悪い場合には、レプリカ交換法などシミュレーションの分野で開発された効率的なサンプリングの手法を援用する。さらに、初期条件による反応性の違い・反応の選択性やレーザーパルスのある場合への拡張、自由度間相互作用のある多原子系において反応の選択性がどこまで残るか、反応の制御がどこまで可能であるかといった問いに取り組む。
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次年度の研究費の使用計画 |
計算機のための予算を計上していたが、研究室や分子科学研究所計算機センターの計算機を使用できた事、今年度はシミュレーション自体よりも解析手法やエネルギー地形の基礎概念の構築の理論に重きを置いたため、計算機の緊急性は無かった。 今後、シミュレーションの対象を広げるにあたり、自身の計算機環境の向上、サポート期限の切れたOSや解析計算用ソフトウェアのアップデート・購入に次年度予算と合わせて使用する予定である。
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