研究課題/領域番号 |
24750027
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研究機関 | 独立行政法人日本原子力研究開発機構 |
研究代表者 |
近藤 正人 独立行政法人日本原子力研究開発機構, 量子ビーム応用研究部門 先進ビーム研究技術ユニット, 研究職 (20611221)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | テラヘルツ分光 / 溶液 / 時間分解 / 溶媒和電子 |
研究概要 |
溶液中におけるテラヘルツ(THz)時間分解分光実験の実現に向けた第一段階としてイオン水溶液の系を対象に通常の(定常)分光実験を行い、イオンの溶解が水の溶液構造やダイナミクスに与える影響を研究した。ここではハロゲン化アルカリ金属塩の水溶液の複素誘電率スペクトルを測定し、水の配向緩和に対するイオンの影響を調べた。得られたスペクトルには、溶存カチオンによる違いが観測された。これらをデバイモデルにより解析したところ、全ての水溶液において配向緩和時間が純水と比べて短くなることが分かった。これは、どのイオンも溶解により水分子の応答速度を速くさせていることを示しており、イオンが水素結合構造を弱める効果の存在を強く示唆する結果である。この“構造崩壊効果”の存在は50年以上前に提案されたが、実験的な直接観測が難しいため、現在もなお議論されている。今回、THz分光法を用いた新しい視点から、この長年の問題に対して一つの実験的根拠を与えるとともに、THz分光法が溶液研究において強力なツールであることを示すことに成功した。 次に、液体薄膜(液膜)を用いた溶液測定法をTHz分光の分野に新規導入する試みを行った。時間分解実験の実現には、溶液に生じる過渡変化を大きくさせることが必要となる。これには強い励起光を試料溶液に導入することが必要となるが、通常の溶液測定法では試料保持に用いる窓材の損傷が問題となり、導入できる光強度は限られてしまう。窓材を用いずに溶液を直接分光測定することでこの問題は解決できるため、液膜測定法の導入は時間分解実験実現のために非常に重要な試みとなる。今回、既製のノズルをTHz分光装置に導入し、純水の液膜を形成させてTHz透過波形の観測を行った。波形から決定した屈折率と吸収係数は文献値と良く一致しており、液膜を用いたTHz分光測定が可能なことを示すことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の到達目標は溶液のTHz時間分解分光実験の実現である。その基礎となる定常分光実験を進めること、および、THz分光における新しい溶液測定法の開発を行うこと、これら二点が24年度の主な計画であった。成果の項目で述べたように、両者ともに24年度中に進めることができた。定常分光実験に関してはイオン水溶液の系を対象として研究を行い、水の水素結合構造に対するイオンの添加効果を見出すことに成功した。この際にイオンが溶けたことによる誘電率スペクトルの変化を明らかにすることができたが、このことは25年度に計画している時間分解実験において、溶かしたイオンが光反応した時のスペクトルの過渡変化を解析する際に基礎となる有用な情報となる。また、液膜を用いた溶液測定法の開発に関しては、液膜ノズルのTHz分光装置への導入試験に成功した。この成功により、強い励起光を導入することが可能となり、時間分解実験の実現性を高めることができている。さらに、液膜実験において重要なパラメータの一つである膜厚を可変とした新しい液膜装置の開発も進めており、従来の固定膜厚10μmに対し、現段階で10-100μm程度の範囲で膜厚を調整できる装置が完成しつつある。以上より、25年度に計画している溶媒和電子の系における時間分解実験に向けて、着実に進んでおり、おおむね当初の計画通り順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
24年度に構築した装置を用いて溶媒和電子の系を対象としたTHz時間分解分光実験を行う。並行して装置の改良も進めていく計画である。まず装置改良に関しては、信号雑音比の増大を目指す。THz分光実験では、空気中の水蒸気による吸収の影響を取り除くために装置内を乾燥空気で置換することが多い。しかし、液膜を試料とした本実験では、液膜を受ける“液受け容器”からの蒸気が影響するため乾燥空気条件への移行が不十分となり、信号雑音比が低下してしまう問題が生じている。そこで、まずは“液受け容器”に改良を行い、蒸気の発生を防ぐとともに、THz波の光路を筒で覆って蒸気の侵入を防ぐように工夫し、解決する計画である。さらに、24年度から取り組んでいる膜厚が可変な液膜装置の開発も進めていく。 時間分解実験に関しては、まずは励起光照射時と非照射時の違いを観測し、溶媒和電子生成に伴う水溶液のTHz領域のスペクトル変化の検出を目指す。この際、強い励起光を導入させ、生成する溶媒和電子の量を増やすことで、光誘起変化検出の実現性を高める。光誘起変化が検出できれば、溶媒和電子が生成後に示す種々の過程における過渡変化を実時間測定する。各々のダイナミクスの帰属のため、励起光強度やpH、あるいは溶液の粘度を変化させた測定などを計画している。検出された信号が小さく、実時間測定が困難な場合は、分光装置の高感度化を行い対処する計画である。この際には、光チョッパーとボックスカー積分器を用いた差動検出により感度を向上させる予定である。これらの試みにより、本研究の最終到達目標である溶媒和電子の反応過程における水との相互作用変化の機構に関する知見を得ることを目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
装置開発に関して主に用いる計画である。膜厚可変な液膜装置開発のためのノズル、並進ステージや回転ステージ等の機器、これらのステージにノズルを固定するための部品を購入する。また、“液受け”の試作及び改良のための消耗品の購入も行う。その他、分光実験の試料として用いる薬品の購入を行う。溶媒和電子の生成源であるヨウ化物イオンを含むヨウ化カリウムや、pH依存性測定のための塩酸、粘度依存性測定のためのグリセロール等の高粘性液体の購入を計画している。
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