研究課題/領域番号 |
24750062
|
研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
佐藤 篤志 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 物質構造科学研究所, 研究員 (70553981)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
|
キーワード | 金属錯体科学 / 放射光科学 / 時間分解X線測定 / XAFS |
研究概要 |
Ru錯体の励起状態は、過渡的な状態であるため、パルスレーザーを用いた時間分解分光によって研究が行われてきた。だが、紫外から可視にわたる波長領域では、分子構造を直接観測することは困難であるため、X線パルスを検出光とした時間分解X-ray absorption fine structure (XAFS)によって、過渡的に変化するRu錯体の励起状態の構造を明らかにすることを目的とし、研究を実施した。時間分解XAFSでは、通常の放射光施設での測定に比べて、観測する信号が1/10000になるため、X線の位置の安定化、励起光とX線位置の最適化、レーザーや検出器の外部同期の調整を行い、安定で長時間測定できるシステムの構築を行った。 本研究で最初に対象としたRuthenium(II)-tris-2,2'-bipyridine([RuII(bpy)3]2+)水溶液では、波長400nmのフェムト秒レーザーを照射することにより、metal to ligand charge transfer(MLCT)吸収帯を励起し、 triplet-MLCT(3MLCT)状態を生成し、光励起後50psでの構造観測を行った。実験結果では、吸収端近傍の変化より、RuがII価からIII価へ変化している様を観測することに成功した。また、extended X-ray absorption fine structure(EXAFS)解析により、Ruと第一近接原子であるNとの結合距離が-0.04Å減少していることも明らかとなった。この構造解析では、デバイ・ワラー因子の増加も起こっており、これは配位子である3つのビピリジン間を電子がホッピングしている事が原因であると考えている。 また、他のRu錯体の測定も進んでおり、現在解析中である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の最初の研究対象とした[RuII(bpy)3]2+では、3MLCT状態でのRu原子の価数の変化や励起構造の観測に成功したので、この試料については良い結果が得られた。また、この観測を成功させるために、次の三点(1:位置敏感イオンチャンバーを用いたX線の位置安定化、2:ビームポジショニングによる励起効率の最適化、3:レーザーと検出器の外部同期を慎重に行い、励起直前、直後を同時測定)について、改善又は構築を行った。この改善等により、光励起信号のS/N ratioを0.1%まで下げる事が可能となり、より微弱な成分の観測が可能となっている。この成果は、来年度の研究にも使用できるものであり、非常に有益である。4:試料周辺装置の開発も進んでおり、酸素が入らない状態での測定も可能になり、溶液循環ポンプやチューブの改善によって、1g程度の試料でも測定を遂行できる。また、[RuII(bpy)3]2+の結果から時間分解測定に最適な濃度を10mmol/dm3と見積もることができた。これ以下では、蛍光X線信号そのものが微弱になってしまい測定が困難になり、これ以上の濃度で実験を行うと、試料が大量に必要になってくるため、この濃度を目安として、今後の研究を推進する予定である。また、光励起によって生成される差分スペクトルを解析することにより、構造解析を行った結果、空間分解能は0.01Åであったため、ほとんどの金属錯体での光励起状態の構造解析が行えると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
前年度に開発した溶液循環システムを使用することにより、大幅に実験に使用する試料の量を削減できるため、新規試料に挑戦する。一般的に、金属錯体は非常に高価であるため、微小な量でも測定可能にすることは、限定された予算内で研究を遂行する上で重要である。具体的には、10mmol/dm3の濃度で、12時間当たり、15mLの量で測定できる環境を整える事が出来た。また、PF-ARでは5-22keVのエネルギー領域のX線を使用できる。そのため、多種類の金属錯体のX線吸収端で測定できるため、時間分解XAFS測定の対象を中心金属がReの錯体に展開する。このRe錯体は、二酸化炭素の光還元触媒として、有力な候補となっており、その研究はレーザー分光によって行われてきたが、時間分解XAFSが適用された報告例は、ほとんど皆無の状態である。よって、その光還元機構の詳細を原子分解能の精度で明らかにすることを目的とする。 Re錯体は作成が難しく、合成で得られる量はごくわずかである。よって、更に微量な試料でも測定できる環境を整える必要がある。測定中に起こる試料の損傷は、試料が励起光であるレーザー光の照射によって起こる不可逆変化が主な原因である。よって、レーザー光の絶対量を減らすことができれば、測定に必要な試料の量を減らすことができる。この目標を達成するために、ポリキャピラリーレンズによって、X線を集光し、面積を1/100にする。これにより、試料を励起するために必要なレーザー光の絶対量も1/100にすることができるため、大幅な試料削減が期待できる。
|
次年度の研究費の使用計画 |
消耗品である光学部品の劣化が期待していたよりも少なく、また微量な試料でも測定できる世になったため、助成金の繰り越しをすることになった。今年度では、前年度繰越金を有益に使うことにより、レーザー光学系のアップグレードを行う予定である。 微量な試料で測定可能となっても、金属錯体では非常な高価な金属を中心金属を使用することが多いため、試料の購入に主に予算を使用する。また、金属錯体の光化学反応は、紫外から可視域と広い帯域で反応が起きるため、励起光を紫外光領域に広げる必要がある。この励起波長を変えて測定することは重要で、金属錯体は、広い吸収帯において、高効率で光触媒反応や色素増感太陽電池として働くことが求められているからである。また紫外領域にはligand to metal charge transfer(LMCT)遷移が多くの試料で存在するため、可視光励起だけでなく紫外光励起は重要である。そのためには、チタンサファイヤレーザーの第二次高調波に加えて、第三次高調波(267 nm)も必要である。よって、第三次高調波発生のためのBBO結晶を購入する。第三次高調波の発生は比較的容易に行うことが出来るが、レーザーの出射口から試料までの距離が10m程あるため、波面が揺らぎ、プロファイルに乱れが生じる。これを改善する光学系の整備も行う。
|