有機強誘電体結晶の光制御を目指して、イミダゾール環を有する水素結合性フォトクロミック分子結晶を合成した。イミダゾール環の置換基や、光反応部位のアリール環・反応点置換基などを変えた様々な誘導体を合成した。多くの結晶はイミダゾール環の分子間水素結合により一次元鎖構造を構築し、また熱可逆なフォトクロミズムを示すことが確認された。しかし、誘電率の測定において明確な誘電異常は観測されず、分子間プロトン移動は起きていないことが示唆された。分極履歴の測定においても強誘電性を示す履歴曲線の開きは観測されなかった。プロトンが移動しない原因については、一次元鎖構造の対称性が低いためにプロトン移動ポテンシャルが非対称になり、プロトンが1つのサイトに局在し、電場印加下でも隣接分子へ移動できないと考察した。プロトンが移動するためには、移動前後の構造が等価になるような、対称性の高い水素結合一次元鎖を構築する必要があると考えられる。 新しい水素結合構造として異種分子との2成分結晶を検討した。ピリジン環を有するフォトクロミック分子とキラルなアルコール分子との2成分結晶は、これら異種分子からなる水素結合一次元鎖を構築し、その空間群はキラルだった。このキラルな結晶場においてフォトクロミック分子の不斉光反応を観測した。 イミダゾール環を用いた分子設計により光反応性水素結合一次元鎖を構築できることは分かったが、結晶構造の対称性の要請という問題に直面し、研究期間内には有機強誘電体結晶の発見とその光制御に至らなかった。しかし、水素結合構造の構築、結晶構造の対称性と電気物性の相関、キラル分子との2成分結晶化に関する知見は、将来の光応答性有機強誘電体の設計において有用であり、その実現のためには、水素結合性置換基の位置の変更や異種分子との2成分結晶化などにより、結晶構造の対称性の条件を満たす必要があると考えている。
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