研究課題/領域番号 |
24750142
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
草本 哲郎 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 助教 (90585192)
|
キーワード | 分子性導体 / ラジカル / スピン / TTF / フェロセン |
研究概要 |
分子性導体は電気伝導性を示す分子性固体であり、様々な物理的刺激(熱、圧力、電場、磁場など)によって、その物性を大きく変えることが知られている。本研究では、光などの外部刺激を用いて分子およびその集合体(分子性固体)の電子状態および物理物性(伝導性、磁性)をコントロールすることを目的としている。 今年度は、昨年度に合成に成功したフェロセン(Fc)部位を有するテトラチアフルバレン(TTF)型有機ドナーFcS4TTF(R)2 (R = CF3, SMe)について、それらの酸化体の合成、単離と、構造解析および物性評価を行った。昨年度に合成した[FcS4TTF(SMe)2][F4TCNQ]の単結晶を作成し、構造解析を行った結果、この塩ではFcS4TTF(SMe)2がカチオンラジカルとなり、スピンがTTF骨格に非局在していることが明らかとなった。この結果は磁化率測定および赤外吸収スペクトル測定結果からも支持された。さらに、電解酸化法を用いることで、[FcS4TTF(CF3)2]2(BF4)2(PhCl2)を合成することができた。この塩では、FcS4TTF(CF3)2がジカチオンとなっていた。単結晶構造解析、磁化率測定、ESRスペクトル測定、およびDFT計算から、FcS4TTF(CF3)2のジカチオンでは、TTF部位に非局在したπ-spinとFeイオン上に局在した3d-spinが一分子上に共存するという、特異なスピン状態にあることが明らかになった。一分子上に二種類の異なるスピンを有する分子は報告例が稀有であるが、このようなスピン状態の分子は、二種類のスピンが近い距離に固定されていることから、結晶中において分子の配列様式によらず、スピン間相互作用とそれが生み出す物理物性の発現が期待できる。この点から、今回の研究において分子性導体の新規物性開拓のための有用な分子が開発できたといえる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、昨年度に見出した新規フェロセン(Fc)-テトラチアフルバレン(TTF)融合ドナーFcS4TTF(R)2 (R = CF3, SMe)を用いて、そのカチオンラジカル塩の合成、単離を行った。中でも、カチオンラジカル塩の合成および単結晶の作成は、分子性導体の構造ー電子状態ー物性ーそして引き続く外場応答特性を理解するためには必要不可欠なステップであり、本研究の根幹となる重要な実験である。化学酸化法や電解酸化法など様々な合成手法、条件を検討した結果、モノカチオンラジカル塩[FcS4TTF(SMe)2][F4TCNQ]およびジカチオンジラジカル塩[FcS4TTF(CF3)2]2(BF4)2(PhCl2)の単結晶をそれぞれ作成することができた。これらの単結晶を用いた構造解析の結果と電子状態計算、物性測定結果から、FcS4TTF(R)2のカチオンラジカル塩が本研究の目的に適っていることを見出した。これらの研究成果をまとめた論文は、アメリカ化学会が発行しているInorganic Chemistry誌に掲載された(Inorg. Chem. 52, 13809-13811, (2013) )。 一方で、光応答物性を調べるためには、上記の[FcS4TTF(SMe)2][F4TCNQ]や[FcS4TTF(CF3)2]2(BF4)2(PhCl2)とは異なる分子配列を有するカチオンラジカル塩を見出す必要があることも予想され、これは次年度の課題であると考えている。 以上のように、本年度は予定した段階まで研究をすすめることができた。
|
今後の研究の推進方策 |
今年度は、新規フェロセン(Fc)-テトラチアフルバレン(TTF)融合ドナーFcS4TTF(R)2 (R = CF3, SMe)のカチオンラジカルの固体=分子集合状態における構造、物性、電子状態を明らかにした。本年度および昨年度の研究成果から、FcS4TTF(R)2が本研究の目的に適う分子であることを明らかにした。一方で、FcS4TTF(R)2のカチオンラジカル塩の物性(伝導性)の光制御を実現するためには、カチオンラジカルが結晶内において(分子間のπ-πスタッキングやS-S接触などによる)伝導経路を形成している必要があるが、このような構造はいまだ得られていない。よって次年度は、上記のような分子配列を有する新しいFcS4TTF(R)2カチオンラジカル塩の合成研究を進める。具体的には、カチオンの対アニオンとして様々な構造や電荷状態を持つものを導入し、それによりカチオンラジカルの配列がどう変化するか、望みの構造を実現するにはどのようなアニオンが適切かを明らかにする。これらの合成実験と同時に、FcS4TTF(R)2以外の分子性固体(昨年合成に成功した新奇ジチオレン錯体(Bu4N)[Ni(FcS4dt)2]など)についても、光など外部刺激を用いて物性(伝導性)を制御する物性測定実験を進める。
|
次年度の研究費の使用計画 |
本年度は、化合物の合成、単離、構造解析、物性評価を行い、特にサンプル化合物の単結晶作成に注力した。単結晶作成実験では、電解酸化実験に用いる特殊セルと白金電極、および多チャンネル定電流電源の購入を予定していたが、電解酸化のみならず化学酸化など、様々な実験手法を取りいれた結果、予定していたセルおよび電極を購入することなく研究を進めることができた。これらの予算が次年度への繰越となっている。 今年度の研究結果から、研究目的に適した化合物を見出すことができた一方で、次年度において、様々な組成を有するサンプル(分子性導体)を合成する必要があるという課題が明らかになった。これを解決するためには電解酸化実験を多数回試行する必要があり、この実験のためのセルおよび電極を購入することを考えている。 合成したサンプルの(光などの)外部刺激応答性を調べるため、光学物性測定用クライオスタットおよびその固定治具、温度制御付サンプルロッドの購入を考えている。 次年度では、これまで得られた研究成果について、積極的に国内外の学会で研究発表を行う。また研究成果をまとめた論文を作成、発表する。
|