材料開発において安全性評価が後手に回ることは、材料開発に対する社会的懸念を生む要因となる。ナノ粒子の応用開発も例外ではない。現在、ナノ粒子の安全性を評価する細胞・動物実験が進められているが、その根本原理である分子機構は未解明である。分子機構の解明は、既存のナノ粒子の安全性の理解だけでなく、新規ナノ粒子の安全開発につながる重要な課題である。生体内に取り込まれたナノ粒子はタンパク質と相互作用して「タンパク質コロナ」と呼ばれる構造を形成することが知られている。本研究ではホモポリペプチドとカーボンナノチューブをそれぞれタンパク質とナノ粒子のモデルとして用いることで、タンパク質コロナの形成に関する基礎知見を得た。 親水性のホモポリペプチドであるポリアルギニンおよびポリリシンを用いて、溶液中でのカーボンナノチューブの分散性を調べたところ、ポリアルギニン溶液中の分散性の方がポリリシン溶液中に比べて高く、カーボンナノチューブの強い蛍光が観測された。分子動力学計算で各ホモポリペプチドとカーボンナノチューブの結合力を調べたところ、ポリアルギニンとカーボンナノチューブの結合力がポリリシンよりも大きいことが示された。さらに、ポリアルギニンの側鎖末端のグアニジニウム基がカーボンナノチューブの表面と相互作用することが示され、ポリアルギニンに特有な高い結合力は、アルギニンのグアニジニウム基とカーボンナノチューブの疎水性相互作用、ファンデルワールス力、π-π相互作用に起因することが示唆された。 当結果はタンパク質の表面の化学構造がカーボンナノチューブとの相互作用に影響を及ぼすことを示している。疎水性のカーボンナノチューブの表面に親水性のホモポリペプチドが結合することは、カーボンナノチューブなどのナノ粒子に特有な現象であると考えられ、タンパク質コロナの形成機構を理解するための重要な知見となった。
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