人工関節の摩擦特性に影響を与える,生体関節液に含まれる蛋白質吸着膜についての検討を行った.昨年度までに蛋白質吸着膜がCoCrMo合金表面の酸化膜と同様な機能を持つことが明らかにし,摩擦試験中に蛋白質が剥離していることを示した.本年度は蛋白質吸着膜の構造に着目し,摩擦が吸着膜に与える影響,特に膜構造メカニズムについて検討した. 電気化学的測定から,基板上に静的吸着した牛血清アルブミン(BSA)は摩擦負荷により直ちに剥離することが明らかとなった.摩擦負荷を繰り返すと吸着膜が成長することが観察された.一方,ヒト血清γグロブリン(HGG)では摩擦負荷による蛋白質の剥離は観察されなかった.吸着量の測定から,摩擦負荷下で形成されたHGG膜に対してはBSAの静的吸着は4ng/cm2と非常に少なく,HGGは24ng/cm2であり,基板への吸着量とほぼ同じであった.静的に吸着したHGG膜に対してはBSAの静的吸着量は76ng/cm2,HGGの静的吸着量は66ng/cm2であり,摩擦負荷下で形成されたHGG膜は特徴的な表面特性を持つことが明らかとなった.本研究の結果により以下のメカニズムが明らかとなった. BSAとHGGを含む潤滑液中では基板上へBSAとHGGが静的に吸着する.その静的吸着膜にせん断が与えられると,BSAが剥離しHGGは基板上へ残留するためHGGを多く含む蛋白質吸着膜が形成される.この摩擦負荷により形成された吸着膜はBSAの吸着が非常に少ないという特性を持つため,HGG膜へはHGGが多く静的吸着する.静的吸着したHGGはさらに摩擦負荷を受けることにより,HGGを多く含む吸着膜が成長する.この過程を繰り返すことにより,HGG単一の吸着膜が形成される.BSAはHGG膜上に存在するが,HGG膜との吸着力が弱いため,吸着膜で滑りが発生し低摩擦低摩耗を実現する.
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