本年度は研究計画を1年間延長して臨んだ最終年度であり,補助事業期間延長申請書に記載のとおり,ピキオニスの建築作品が残されるギリシアへの渡航を取材協力者(建築系雑誌編集者)らと計画中であったが,取材協力者の事業計画との調整が難航したことに加え,昨今の欧州における難民問題などのため,ギリシアの政情が一向に安定しないこともあり,本年度内の渡航が不可能となった。このため現地調査を通した実践的研究は断念し,当初の研究計画における〈方法A〉すなわち,「近代建築に関わる基礎的資料の収集,分析」にもっぱら従事することとした。 主な研究成果としては,「カウンター・モダニズム」という観点からみたピキオニスの思想や作品の可能性をいち早く指摘した建築家アルド・ファン・アイクによる論考を分析し,空間経験における人間の主体性よりも絶対的に先行する,他者性の了解の構造を解き明かした。このことは作品の制作にあたって,自らの意図する構想に先立ち,前意識的な民族性や歴史性などへと開かれた態度を表明していたピキオニスの思索にも通じる方法論として,重要な知見の獲得につながったといえる。 また,近代建築における様々な思索の方法を概観し,整理する作業として,近年刊行された建築論の概説書の邦訳作業を行い,訳書の出版に至った。本書においても建築と哲学的思索との関わり合いや,建築における言語の作用,建築の歴史の意義などが取り上げられ,これらを読み解くことで,建築思想を建築とは別の分野の視点から再解釈するという,モダニズムの相対化につながる知見を得ることができた。 なお,当初の研究計画に則って計上していた研究予算については,上記のような理由によリ,事業期間内での執行がやむなく不可能となったため,未執行分の返納を行う予定である。
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