研究課題/領域番号 |
24760533
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
藤平 哲也 東京大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (00463878)
|
キーワード | 複合酸化物 / 走査透過型電子顕微鏡 / 強誘電体 |
研究概要 |
本研究では,非ペロブスカイト型の六方晶LuMnO3構造を有する一連の希土類複合酸化物RMO3(R:希土類)の系について,強誘電的構造・特性の原子レベルでの解明を目指してセラミックス試料の合成および電子顕微鏡による微構造観察を中心としたナノスケール構造解析を行うことを目的としている.本年度は,同構造を有するRMO3化合物のうちDyInO3およびYMnO3化合物を主な解析対象とし,試料の合成および透過型電子顕微鏡(TEM)法による微構造観察を行った.目的とする強誘電的ドメイン構造のTEM観察を効率的に行うため,所望の結晶方位について観察に適した十分な大きさを持つ単結晶試料の合成を試みた.具体的にはフラックス法,引上げ法による単結晶作製を試み,YMnO3について引上げ法によりmmオーダーの単結晶が作製可能であることがわかった.YMnO3化合物について,単結晶試料を用いて球面収差補正走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いたドメイン壁近傍の詳細な原子構造観察を行った.STEMによる高角度散乱環状暗視野(HAADF)観察像および多変量画像解析により,180°ドメインの分極方向遷移領域において原子レベルでシャープな分極反転が起こっていることが明らかとなった.また,軽元素サイトを観察可能な原子分解能STEM環状明視野(ABF)法を用いた観察により,本化合物系における分極の起源の鍵となるMnO5多面体の回転(tilt)構造の解析を試みた.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,前年度に試料合成および透過型電子顕微鏡観察を行ったDyInO3化合物に加え,同型のYMnO3化合物も対象とし,試料合成および電子顕微鏡観察を進めた.これまで観察に用いていた多結晶試料では本研究の主要な観察対象である強誘電的ドメイン構造の効率的な観察が困難であるため,任意の結晶入射方位で広視野の観察をより容易に行うことができる単結晶試料の合成を試みた.単結晶作製方法としてはフラックス法および引上げ法を試行し,引上げ法を用いることによりYMnO3について電子顕微鏡観察に適したmmオーダーのサイズを有する単結晶が得られることがわかった.単結晶試料を用いた観察により,本化合物の結晶構造およびドメイン壁をはじめとする微構造の解析がより効率的に進められた.球面収差補正走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いて観察された原子分解能STEM像に対して多変量画像解析を適用し,原子構造の精密解析を行った.高角度乱環状暗視野(HAADF)像からYおよびMnサイト,環状明視野(ABF)像から軽元素のO(酸素)多面体の変位の解析がなされ,本系における強誘電的構造の重要な構成要素の定量評価の可能性が示された.一方,理論解析に関しては,YMnO3およびDyInO3のドメイン壁の原子構造モデルに関して第一原理計算による検討を行うとともに,複雑な構造を有する界面モデルについてフォノン状態計算を精度よく実行するための予備的解析を行った. 上に述べた実験および理論解析の進捗により,本年度の研究計画はおおむね達成されたと考える.
|
今後の研究の推進方策 |
本年度までに確立したセラミックス試料合成,単結晶試料合成,およびTEM試料作製,観察・解析の手法にもとづき,対象の化合物について引き続き原子分解能電子顕微鏡法による解析を進める.さらにいくつかの化合物についての観察結果を比較検討し,非ペロブスカイト型六方晶構造(LuMnO3構造)を有する同型化合物における強誘電的構造,性質に関する系統的な知見を得ることを目標とする.現在までにTEM試料作製および観察が成功しているYMnO3およびDyInO3を中心に,原子分解能STEM観察および理論計算による構造モデリングを併用した精密原子構造解析を行い,強誘電的結晶構造および分極ドメイン構造を原子スケールで解明する.試料作製に関しては,YMnO3における単結晶育成条件を参考に,本研究を含めこれまでに単結晶合成の報告がないDyInO3についても単結晶合成を試みる.これによりDyInO3においても180°ドメインおよびクローバーリーフ・ドメイン構造について十分な観察データが得られれば,自発分極および強誘電キュリー温度が大きく異なるYMnO3と比較することにより,結晶構造,ドメイン構造における相違点および共通点を見出し,本強誘電体における強誘電的構造・特性の起源に関する知見が得られることが期待される.理論解析については,複雑な構造を有し膨大な計算量が必要となる界面(ドメイン壁)モデルに関するフォノン状態およびデバイ-ワラー因子の計算方法を確立し,STEM像シミュレーション計算へと適用することにより,界面をはじめとする複雑欠陥構造の定量的像シミュレーションの方法論を提案することを目指す.
|
次年度の研究費の使用計画 |
本研究課題の主要な観察対象であるRMO3化合物の強誘電的ドメイン構造のより効率的な解析を実現するため,試料作製において電顕観察に適した十分なサイズを有するYMnO3単結晶を合成することをより重視して優先的に試行を行った.当初の予定でSTEM信号解析用部品に計上していた研究費を単結晶試料合成のための経費として優先的に使用したため,その差額分の次年度使用額が生じた. 次年度においてもRMO3化合物の試料作製および電子顕微鏡観察を引き続き並行して進めていく.試料作製においては過去に作製例の無いDyInO3化合物の単結晶合成を優先課題とし,単結晶試料作製のための経費を予定している.作製された試料の原子スケール微構造解析を行うための先端ナノ計測装置(収差補正走査透過型電子顕微鏡など)の使用料を計上する.また,理論解析で必要となる大規模計算を効率的に処理できるようにするため,過去に導入済みの高速計算機を複数台並列化してさらに処理能力を向上させるための高速ネットワーク部品を購入する.得られた成果を公表するための費用として,学会参加・論文投稿のための経費を計上する.
|