はじめに、金ナノ粒子とモデル生体膜間の相互作用計算を可能とする分子動力学計算モデルの構築に取り組んだ。まず、表面修飾金ナノ粒子の分子構造計算を行った。はじめに、モンテカルロ計算を用いてコア金クラスタの結晶構造を決定した後、Simulated Annealing 法を用いてアルカンチオールが表面に結合した金ナノ粒子(Au:SRナノ粒子)の構造を計算する一連の計算手法を構築した。その後、モデリングしたAu:SRナノ粒子を生物物理の分野で開発された生体膜計算モデルに組み込み、ナノ粒子-生体膜間相互作用の分子動力学計算を実施した。 次に、構築したモデルを用いて、Au:SRナノ粒子-生体膜界面の相互作用現象の分子動力学解析を行った。特に粒子表面物性がナノ粒子-生体膜間相互作用に及ぼす影響について検討を行った。粒子表面電荷に着目しその影響について検討したところ、電気的に中性および負帯電性金ナノ粒子とは異なり、正帯電性金ナノ粒子は負帯電性リン脂質分子を静電引力により吸着するため、生体膜構造を変形させながら生体膜内部へと侵入していくことが分かった。また、正帯電性金ナノ粒子の表面電荷密度を変化させて検討を行ったところ、表面電荷密度を増大させると生体膜へ侵入しやすくなるが、過度にナノ粒子を正帯電させると生体膜構造が破壊されることを明らかにした。 以上の検討では、ナノ粒子が生体膜内に侵入し粒子の表面物性によっては膜欠損を引き起こす様子をシミュレートすることができたが、既往の実験研究で観察されているような、ナノ粒子が脂質二重膜全体を“透過”する様子はシミュレートできていなかった。そこで、実際の細胞膜が、内外層の脂質分子の組成が不均一な非対称膜であることに着目し、計算におけるモデル膜を、実際の細胞膜と同様の非対称構造に設定することを着想した。その結果、正帯電性金ナノ粒子が細胞膜を自発的に透過する現象をシミュレートすることに成功した。
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