当研究課題初年度に行われた北方種ヤラメスゲの個体群間の比較において、35℃条件でのデータに大きなばらつきが生じていたため、一部の個体群(マクンベツ湿原、風蓮湖湿原)について再実験を行った。低酸素状態とした35℃条件下での水耕栽培において、両個体群由来の未生を用いて根の呼吸特性・N獲得特性・根成長特性について測定し、既にデータを得ている他個体群との比較を行った。この再実験により35℃条件下でも20℃条件と同様な傾向が得られ、温暖な地域由来の個体ほど成長が早く、寒冷地由来の個体と同程度の酸素消費量でより多くのNを獲得できることが示された。 これらことから、種内レベル(個体群間の比較)では、N吸収に対する酸素利用効率の変化によって温暖環境に適応している可能性が示唆された。また、本研究においてこれまでに行った北方種と南方種の比較では、温暖条件時の根通気組織内の酸素濃度が南方種で明らかに高く、呼吸活性も高く維持されていることが示された。このことは、種間レベルでの温暖環境適応は、酸素の消費戦略よりもむしろ酸素の供給戦略によって特徴づけられることを示唆した。これまで、高温応答については陸生植物を中心とした地上部の生態生理反応に関する研究が多く、湿生植物や地下部の応答については注目されてこなかった。低酸素土壌環境に分布する湿生植物は、温度上昇による呼吸の活性化を通じた酸素需要の高まりが根における強い酸素不足の要因となりやすい。本研究では、根への酸素供給能力と根における酸素利用効率が湿生植物の温暖適応に深く関わっていることが明らかとなった。これらの知見は、湿生植物に対する今後の温暖化影響予測において、酸素律速を介した特異的な挙動を考慮すべきであることを示唆した。
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