研究課題/領域番号 |
24770028
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
田中 啓太 立教大学, 理学部, ポストドクトラルフェロー (30625059)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 托卵 / 軍拡競争 / 共進化 / 雛擬態 / 鳥類の色覚 / 色彩多型 / 種分化 |
研究実績の概要 |
これまでの野外調査において,ヨコジマテリカッコウの宿主であるカレドニアセンニョムシクイの孵化後しばらくの雛の,皮膚における色彩二型(白・黒)を発見した.ただし,ヨコジマテリカッコウの雛において発見されたのは白型のみであった.とはいえ,過去においては黒型の雛も観察されており,現在も存在しているかは定かではないものの,長期の時間軸においては多型が存在するといえる.発見された寄生雛(白型)の色彩は宿主雛の白型とよく似ており,実際,宿主の色覚を想定した解析においても統計的に有意な差は検出されなかったため,擬態が成立していることが示唆された. しかし,少なくとも現時点で寄生雛の擬態が寄生者-宿主軍拡競争において効果を発揮しているかは不明である.というのも,これまでの宿主による寄生雛排除行動の観察例を詳細に検討した結果,仮親自身の子の色彩型が寄生雛の排除行動に大きく影響を与えていないことが判明したからである.つまり,もし寄生雛の色彩が擬態として機能しているのであれば,似た色彩,つまり白型の雛を持つ宿主の仮親は寄生雛を受け入れ,養育することが期待される.しかし,白型雛を持つ仮親も白型の寄生雛を正しく見分け,巣から排除していた.これにより宿主が色彩以外の手掛かりに準拠していることが示唆された. この結果は集団遺伝モデルによるシミュレーション結果とも整合的である.観察された雛の色彩二型頻度から,ハーディ=ワインベルク平衡において期待される各巣の雛の型を,想定可能な全ての対立遺伝子頻度においてシミュレーションしたところ,黒型を優性と想定した場合,観察された巣における雛の表現型頻度,つまり,黒型のみ,白型のみ,そして両方の雛がいる巣の頻度はハーディ=ワインベルク平衡において生起しうるものとよく合致していた.これにより,雛の皮膚色を決定する遺伝子が平衡状態にあり,淘汰圧を受けていないことが示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
宿主雛皮膚における色彩多型の発見により,野外調査においては想定以上に達成されたと言える.一方,野外調査によって得られたデータの解析については,まだ途上なものの一定の達成が得られたといえるだろう.まず,宿主の両親・雛から採取した血液サンプルを元に,マイクロサテライトマーカーの単離に成功した(現在投稿中).これにより,集団構造の推定や親子判定が可能となるが,これは皮膚色を決定している遺伝因子の特定や,カレドニアセンニョムシクイにおける皮膚色多型の適応的意義を議論するうえで非常に重要な進展である. まず,いままでの解析やシミュレーションの結果から,雛の皮膚色彩多型は黒型の発現が優性遺伝すると考えられる.しかし,野外における捕獲という制約から,十分な例数を確保するのは非常に困難であり,また,複数の地域でのサンプル採集に頼らざるを得ないため,地域集団や生息環境の違いによって生じる交絡要因の影響を回避するのは困難である.中でも特に影響が大きいのは自然に生じうる婚外子の問題である.種間で差はあるものの,鳥類では婚外子は一般的であるとされており,カレドニアセンニョムシクイでも婚外子が存在すれば,各色彩型の出現頻度に影響を与えるだろう.また,これまでの観察から地域集団や生息環境によっても色彩型の出現頻度に差があることがわかっており,遺伝子流動の頻度を同定するのは急務であると言える. 一方,カレドニアセンニョムシクイの雛の色彩の発達を個体ごとに追跡したところ,雛の発達と皮膚色の変化に一定の相関が見られた.白型・黒型の雛は,孵化後数日で互いに対し明確な差異はなくなり,さらに孵化後2週間後には判別不能なほど色彩が変化していた.多型を産み出す遺伝因子が日齢に応じて発現が弱まっているか,場合によっては阻害されている可能性を示している.同じ雛から複数回RNA解析用の血液サンプルを採取し,現在解析を進めている.
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今後の研究の推進方策 |
ヨコジマテリカッコウ-カレドニアセンニョムシクイの寄生者-宿主系で申請者らが発見したのは色彩多型である.多型の進化的起源と維持は負の頻度依存選択,つまり,集団中の少数派が適応度上有利になる選択圧によるものが多いというのが一般的な理解である.そしてそれは托卵鳥-宿主の軍拡競争においても同様である.卵や雛の特徴が宿主の集団中で少数派であった場合,寄生者にとって擬態を成立させるのは確率的に困難となるからである.これが雛の色彩多型の主たる進化的な要因であったのは間違いないだろう. 一方,皮膚という子の形質において擬態が起きていることにより生じる遺伝的な制約も存在する.メンデル遺伝を想定すると,両親が同じであっても子によって表現型が異なる.これが卵の場合との最も大きな違いである.多くの托卵鳥は宿主の卵に擬態した卵を産むが,卵の色彩や模様は母親の産卵器官によって決まっており,いわば母親の形質である.そのため同じ母鳥が産む卵模様に遺伝的な違いは存在しない.卵や雛の特徴は親が寄生者を識別・排除する上で,決定的な手掛かりであるが,雛多型のように子の形質がそれぞれ異なっていると,親はそれに準拠することができないはずである.少数ではあるものの,実際にそのような巣内多型が発見されており,カレドニアセンニョムシクイにおいて色彩以外の手掛かりを使うような進化がおきた主要因であると考えられる. このように,遺伝・発達・認知・進化,さまざまな要因が直接的に雛の色彩多型に影響を及ぼしているのは明らかである.そのため,この研究を今後も展開することは生物学の発展に寄与できるだろう.その基盤を当該研究によって確立することができた.今後も色彩の遺伝因子を同定するのと同時に,進化・行動生態学的な適応的意義に関する研究を展開させていく.
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次年度使用額が生じた理由 |
当該課題を遂行したことで得られた結論を学術論文として発表することを予定しており,学術論文を鋭意執筆中だが,投稿準備に時間を要しており,投稿費用として確保しておいた予算が執行できなかったため.
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次年度使用額の使用計画 |
英文校閲やカラー図版費用など,論文投稿にかかる費用として支出する予定である.
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