研究課題/領域番号 |
24770058
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研究機関 | 浜松医科大学 |
研究代表者 |
堀口 涼 浜松医科大学, 医学部, その他 (70452969)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 性転換 / 性決定 / 性分化 / 生殖腺 / 精巣 / 卵巣 / 性的可塑性 / ミツボシキュウセン |
研究概要 |
魚類をはじめ、多くの脊椎動物は、遺伝的に或いは温度など環境的な要因により性が決定し、発生過程で性分化を行う。しかし魚類には性転換魚のように、性的に成熟した後でも、社会環境の変化により一度決まった性を変えて繁殖を行う種が存在する。このような性転換メカニズムの研究は、脊椎動物における性の獲得と維持に関するメカニズムの理解に大きく寄与するものと考えられる。しかしながら、性転換魚の性決定や性分化に関する知見は、魚類の中でも研究の進んでいるメダカやティラピアなど雌雄異体魚と比べて非常に少ない。 私はこれまで、魚類の性転換の分子メカニズムを明らかにするために、雌性先熟魚であるミツボシキュウセンをモデルとして、性分化に関連する遺伝子群を単離し、雌から雄への性転換過程の生殖腺における発現解析を進めてきた。その結果、魚類特異的なTGF-βファミリーの増殖因子であるgsdf遺伝子が、性転換の非常に早い段階から発現し、生殖原細胞に隣接する未分化支持細胞に局在することを明らかにした。このことからgsdfが性転換カスケードの端緒となる重要な役割を果たすことが推察される。本研究では、性転換初期に発現するgsdfに焦点を当て、その機能や発現調節メカニズムを明らかにすることで、性転換というユニークな性決定機構と、その根底にあると考えられる生殖腺の性的可塑性を分子レベルで理解することを目指している。 今年度は、gsdfに着目した新たな知見を報告することができた。性転換初期の卵巣内の生殖原細胞をBrdUでラベルし、細胞運命を追跡したところ、それらの細胞は性転換を経て、精原細胞や精母細胞の起源となっていることを明らかにした。また、性転換初期の生殖原細胞に隣接する支持細胞にgsdfが発現していたことから、gsdfは性転換において生殖原細胞の増殖や雄化に関与することが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、まず、ミツボシキュウセンの雌雄生殖腺、及び性転換過程の生殖腺における性分化関連遺伝子群の発現プロファイルを作成にむけて、いくつかの関連遺伝子のクローニングとin situハイブリダイゼーションによる発現解析系の確立を試みた。これにより、雌性生殖細胞、雌雄性生殖腺体細胞(支持細胞およびステロイド産生細胞)のそれぞれを組織内で同定することが可能になった。 また、性転換初期過程の生殖原細胞について、細胞運命の追跡を行い性的可塑性に関する新たな知見を得ることができた。まず、実験的に性転換を誘導し、性転換初期に活発に増殖する生殖原細胞にBrdUを取り込ませた。さらに二週間後に生殖腺を観察したところ、性転換は後期まで進行し、いくつかの精原細胞や精母細胞にBrdUシグナルが検出された。このことから性転換における精子の起源は卵巣内の生殖原細胞であり、さらに興味深いことに、これらの生殖原細胞はgsdfを発現する未分化支持細胞に取り囲まれていたことから、gsdfが生殖原細胞の増殖や雄化に関与することが示唆された。しかしながら、厳密には精子の起源が一度雌性に分化した卵原細胞なのか、性的に未分化な生殖原細胞なのかは、今後、慎重に精査していく必要がある。少なくとも、卵巣内の成長した卵母細胞や周辺仁期の卵母細胞は、おそらく性的な可塑性を喪失しており、精子の起源とはならないことが明らかになった。 以上の進捗状況から、研究の進行はおおむね順調であるといえるが、性分化遺伝子群の発現プロファイルの作成は、次年度も引き続き必要であると考える。特に、生殖原細胞の性的可塑性をより深く理解するためには、未分化生殖細胞の同定が必要であり、まずは他の生物種で報告されている生殖腺の幹細胞性に関連する遺伝子群を候補としてマーカー遺伝子の探索を進めていきたい。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、性転換初期に発現するgsdfに焦点を当て、その機能解析や発現調節メカニズムを明らかにすることで、性転換というユニークな性決定機構と、その根底にあると考えられる生殖腺の性的可塑性を分子レベルで理解することを目指している。次年度はgsdfの機能解析および発現制御を中心に研究を進めていく。 まず、gsdfの発現制御メカニズムを明らかにするために、ミツボシキュウセンのゲノムからプロモーター領域の同定を試みる。ミツボシキュウセンの性転換の開始にエストロゲンが関与することが強く示唆されていることから、gsdfの転写制御機構について、特に、エストロゲンによる直接的或いは間接的な調節の可能性について検証を進める。既に、本年度、ミツボシキュウセンの雌雄個体からゲノムライブラリーを作成し、gsdfの上流域3kbおよび下流域2kbの単離に成功している。上流域の3kbについて雌雄の配列を比較したところ、興味深いことに、短い繰り返し配列に違いがみられた。今後、野外から採取した他個体のゲノムを調べ、例数を増やした上で、雌雄差の特定や、プロモーター解析によるgsdfの転写制御機構の解明を目指す。 次に、gsdfの機能解析をin vitroで性転換を誘導することができる培養系を用いて行う。gsdfはTGF-βファミリーの増殖因子であることから、リコンビナントタンパク質や中和抗体を作成し、培養系に添加することで、その機能を明らかにする。また、機能を評価するために、今年度から行っている性分化関連遺伝子群の発現プロファイルの作成を推進し、未分化生殖細胞の同定、及び多重染色を用いた細胞ごとの雌雄性の転換時期を特定できる実験系の確立を目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度の研究費の使用計画について、変更する可能性は以下の2点である。 まず、gsdfの機能解析の基本となる生殖腺の組織培養に関わる資材を用意する必要がある。試薬、消耗品の多くは研究予算に計上してあるが、投与に用いるリコンビナントタンパク質について、先ずは簡便な大腸菌による発現系を用いて作成を試みる。また、発現や精製の状況、あるいは投与の効果から何らかの問題点が考えられる場合には、融合タンパク質(タグ)の種類や、発現系(昆虫細胞やほ乳類細胞)の変更など柔軟に対応していく。さらに抗体の作成は、まずはペプチド抗体を業者に委託し、できあがった抗体の質に応じて、リコンビナントタンパク質を抗原としたポリクローナル抗体を依頼できるよう、二段階の準備を整えている。 次に、今年度、新たに浮上した問題として未分化生殖細胞マーカーの探索は生殖原細胞の性的可塑性をより深く理解するために極めて重要な問題であると捉えている。上述のように、先ずは、生殖幹細胞に関連する既知の遺伝子を候補に探索を進めるが、適切な因子が見つからない場合は、スクリーニング的な手法が必要となる可能性がある。予算状況を踏まえた実現可能な手法を、臨機応変に対応していく。
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