研究課題/領域番号 |
24770064
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 旭川医科大学 |
研究代表者 |
宮園 貞治 旭川医科大学, 医学部, 助教 (50618379)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 嗅覚 / 神経回路 / X11 / アミロイド / 嗅球 / 嗅細胞 / アルツハイマー病 / 加齢 |
研究概要 |
アルツハイマー病は、加齢に伴って記憶や学習障害を伴う神経変性疾患である。この疾患では、記憶や学習の機能を担う海馬においてアミロイドβ(Aβ)が異常に増加・蓄積する。これが引金となって神経回路の機能異常が生じると考えられている。一方この疾患においては、記憶・学習機能の障害が目立たないごく初期から、嗅覚機能に障害が現れる。嗅覚障害についての研究はあまり進んでおらず、不明な点が未だ多く残されている。嗅覚障害に関する知見は、嗅覚検査によるアルツハイマー病の早期診断法の確立への応用が期待できる。本研究では、この嗅覚機能障害が発生するメカニズムの解明を目的とする。初年度である平成24年度は、「個体レベルで嗅覚機能障害の種類と発生時期を同定する」、「Aβが増加・蓄積する嗅覚機能を司る脳部位を同定する」、「組織・細胞レベルの変異を検出する」の3つの課題を検討した。実験には、Aβ産生の調節に関与しているタンパク質であるX11の欠損マウスを用いた。まず、Y字型迷路を用いた酪酸忌避行動実験およびカルボン異性体を用いた匂い識別行動実験により、匂いの認知および識別能が加齢に伴って低下することが明らかになった。これらの嗅覚機能の低下と同時に、嗅覚の一次中枢である嗅球においてAβ量が異常に増加していることが、ELISA解析により明らかになった。そして、免疫組織化学的解析により、匂い刺激に対する嗅球での神経細胞の応答性も加齢に伴って低下していることが明らかになった。これは、加齢に伴ったAβの異常な増加・蓄積が、嗅覚神経回路を破綻させたことを示唆する。今後、この神経回路破綻の原因を細胞レベルで明らかにすることを目指していく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アルツハイマー病最初期に発生する嗅覚機能障害のメカニズムの解明を目指して、(1)個体レベルで嗅覚機能障害の種類と発生時期を同定する、(2)アミロイドβ(Aβ)が増加・蓄積する嗅覚機能を司る脳部位を同定する、(3)組織・細胞レベルの変異を検出する、の3点を解明することを初年度である平成24年度の研究課題として計画した。実験には、Aβ産生の調節に関与するタンパク質X11の欠損マウスを用いた。現在までに、(1)の解明のために、Y字型迷路を用いた酪酸忌避行動実験を行い、忌避行動は6週令では野生型と変わらなかったが24週令になると低下していることが分かった。また、カルボン異性体を用いた匂い識別行動実験により、匂い識別行動も24週令になると低下していることが分かった。以上より、個体レベルの嗅覚機能のうち、匂い認知および識別能は加齢に伴って低下することが示唆された。(2)の解明のために、AβのELISA解析を行った結果、嗅覚の一次中枢である嗅球においてAβの異常な増加が起こっていることが明らかになった。(3)の解明に向けて、神経細胞が興奮時に発現するc-Fosタンパク質の抗体を用いた免疫組織化学的解析を行い、匂い刺激に対する嗅球での神経細胞の興奮性が低下していることを明らかにした。以上のことから、加齢により蓄積したAβが嗅覚神経回路に異常をもたらした結果、個体レベルでの嗅覚機能に障害が生じたと示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
次年度である平成25年度の研究課題として、(1)神経回路を破綻させた細胞異常を解明する、(2)アルツハイマー病の薬剤の1つであるドネペジルの嗅覚機能障害に対する影響を検証する、の2点を計画している。前年度に、X11欠損マウスでは匂い刺激に対する嗅球での神経細胞の興奮性が低下することを明らかにした。そこで(1)の課題について、この興奮性の低下をもたらした神経回路異常を細胞レベルで明らかにする。具体的には、異常細胞は嗅細胞もしくは僧帽細胞のどちらかであると考えられるので、それぞれの細胞マーカーを用いた免疫組織化学染色によりそれぞれの細胞形態を観察し、樹状突起や軸索などの細胞形態に異常がないかを調べる。次に、前シナプスおよび後シナプスマーカーを用いて、シナプス形態および数に異常がないかを調べる。さらに、電気生理学的解析により、嗅細胞と僧帽細胞の間のシナプス機能に異常がないかを調べる。次に、(2)の課題であるドネぺジルの嗅覚機能への影響について検証する。ドネぺジルは、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤であり、現在アルツハイマー病の薬剤の1つとして知られている。アセチルコリンは、嗅球においては僧帽細胞の機能調節に関与することが知られており、この調節により匂い情報の質が高まると示唆されている。ゆえに、ドネぺジルが、嗅球におけるアセチルコリンの分解を抑制することで、嗅覚機能を向上させる可能性がある。X11欠損マウスの嗅覚機能は、6週齢では野生型と変わらないが、24週齢になると低下していることを初年度に明らかにした。そこで、6週齢のX11欠損マウスにドネぺジルを18週間経口投与し続けて、24週齢になったときに嗅覚機能の低下がどの程度抑制されるかを調べる。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度は、免疫組織化学染色実験、イムノブロット法やELISA法などの生化学実験、電気生理学実験を解析手法として主に用いる。野生型およびX11欠損マウスは自家繁殖によって系統を維持し、実験に用いる。また、ドネぺジルは、エーザイ株式会社のご厚意により提供してもらうことが可能である。ゆえに、これらにかかる経費はかなりの圧縮が可能であり、先に挙げた解析手法に必須である高価な抗体やELISA法に関する消耗品、また各手法に要する消耗品や試薬類の購入に十分な経費を充てることで、充分な研究が行えるように配慮した。また、特定の嗅細胞の嗅球への投射状態を観察するために、嗅覚受容体に対する抗体の作成を予定している。そのために、大腸菌での抗原の発現および精製、ウサギへの免疫に必要な試薬類を購入する予定である。ELISA解析および様々な生化学的解析の基となるタンパク質定量の効率化を図るために、マイクロプレートリーダー(コロナ吸光グレーティングマイクロプレートリーダー SH-1000Lab、日立ハイテク)を設備備品として次年度早々に購入する。なお、資金は前年度未使用分の直接経費と合わせて準備する。研究成果の発表は、国内学会(日本味と匂学会、仙台、3日間)での発表を予定しており、それに係る交通費および宿泊費が必要である。また、本研究の成果を国際誌に投稿する予定であり、その論文投稿費が必要である。
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