研究課題/領域番号 |
24770065
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
古波津 創 東北大学, 生命科学研究科, 研究支援者 (40571930)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | ショウジョウバエ / 求愛行動 / 行動発現 / 光遺伝学 / カルシウムイメージング / 定位行動 |
研究概要 |
(1)実験システムの構築 本年度は行動解析に用いる2つの実験ツールを開発した。まず、コンピュータディスプレイを用いてトレッドミル上のハエに任意の視覚刺激を呈示するためのプログラムを作成し、視覚刺激によって生じる歩行活動を記録するための実験環境を整えた。また、行動中の個体の神経細胞を光遺伝学的方法により強制活性化するために、緑藻類の光感受性イオンチャネル(Channel Rhodopsin: ChR)バリアントの発現を誘導するための形質転換系統を作出した。さらに、ChRバリアントを導入した細胞をin vivo で光刺激するための装置を作成した。 (2)求愛対象への定位行動に関わる介在ニューロン群の同定 ショウジョウバエにおける主要な性決定遺伝子の一つdoublesex (dsx)は求愛行動のコマンドニューロンである介在ニューロン群「pC1クラスタ」に発現する事が知られる。dsx発現ニューロンを光刺激で強制活性化しつつ、水平方向に移動する視覚パターンを雄に呈示すると、視覚パターンに対する定位行動が惹起されると共に、求愛行動を構成する複数の要素行動が観察された。光刺激と視覚刺激、どちらか一方のみでは定位行動は観察されなかったことから、dsx発現ニューロンの活性化が視覚刺激に対する雄の定位行動の活性化を引き起こしたと考えられた。そこでMARCM法を用いて、より少数のdsx発現ニューロンにのみChRバリアントを発現させて同様の実験を行った結果、pC1クラスタを含む、複数のdsx発現ニューロンクラスタが定位行動を引き起こす神経細胞群として同定された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)実験環境の構築に関しては当初設定した課題を十分に達成したと考える。作成した視覚刺激システムは視覚入力ー行動出力の対応関係を厳密に調べる上で極めて有用なツールであり、次年度の研究の確固たる基盤を確立したと言える。また、この実験系は汎用性が高く、求愛行動以外の視覚誘導性の行動を解析する上でも高い利用価値を持つ。この点においても本年度の成果は大きな意義を持つと言える。また、行動解析への光遺伝学的手法の導入はショウジョウバエにおいてもいくつかの研究グループにより試みられているが、単発の成功例が少数報告されているのみで、手法として確立しているとは言い難い。その技術的なボトルネックの一つには光刺激の効率の低さが考えられる。本研究で開発した実験系は光活性化効率の改善されたChRバリアント(ChannelRhodopsin wide receiver)を用いて新規に作成した形質転換系統を利用することでこの問題を克服している。実際、本年度の実験においては極めて高い再現性で神経細胞の光活性化の効果が観察された。今後、神経活動と行動との相関を探る上での有用な実験ツールとなる事が期待できる。 (2)求愛対象の追跡に用いられる視覚的特徴の同定。 本年度は、予備実験の段階で好ましい結果が出たため、次年度に注力する予定だった光遺伝学を用いた実験系の開発を一部前倒しして行った。定位行動の際に用いられる視覚的手がかりの詳細な解析には多少遅れは出たものの、結果として定位行動の制御に関わる介在ニューロンを同定することができた。これらの新規の実験系を活用する事で実験を大幅に効率化できると期待でき、当初の計画からの遅れは十分に回復する事ができると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究により定位行動惹起に関わることが明らかになったdsx発現ニューロン群に注目しながら行動と神経活動の両面から解析を進め、定位行動発現機構の中核部分の描像を得る事を目指す。 (1)dsx発現ニューロン活動と行動応答との相関のより詳細な解析:光刺激、視覚刺激のタイミングを様々に変えた場合の行動応答を定量的に解析する。これにより、dsx発現ニューロンの活性化によって引き起こされる定位行動活性化の時間動態を明らかにし、定位行動の発現機序においてdsx発現ニューロンが果たす役割を探索する。(2)定位行動時に用いられる視覚手がかりの解析:視覚刺激の空間パターンを様々に変えて定位行動活性を定量、比較し、雌が有するどのような視覚的特徴を捉えて雄が定位行動を取るのかを調べる。(3)求愛行動下におけるdsx発現ニューロン活動のライブイメージング:in vivoカルシウムイメージングを用いて、求愛行動中のdsx発現ニューロン群の活動のリアルタイム記録を試みる。dsx発現ニューロン群の活動の記録下にある雄に対し、雌フェロモン刺激と視覚刺激を順次与えて求愛行動を惹起し、行動と相関を示すカルシウム応答を示すかを調べる。応答が記録できた場合はMARCM法を適用してカルシウムセンサをより少数のdsx発現ニューロンにのみ発現させて記録を試み、応答を示すニューロン群を単一クラスタレベルで同定する。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度に使用する予定の研究費は、研究開始時点において実験機器/視覚刺激の制御に使用することを計画していたソフトウェア(MATLAB)の導入を見送ったことにより生じた。これは年度の始めにプロトタイプとして作成したソフトウェアが実験での実用に耐えるものになり、MATLABに移植せずそのまま使用した方が早く実験を開始できると判断したためである。この分の研究費は既存の行動実験装置の改善、機能拡張のための費用に充てるなどして、平成25年度請求額とあわせて研究遂行に使用する予定である。
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