アミノ酸には,L体とD体の二種類の鏡像異性体が存在しているが,動物の生体内にはL体のアミノ酸のみ存在し,D体のアミノ酸(D-アミノ酸)は生体内には存在しない非生体型のアミノ酸であると考えられてきた。しかし,1980年代以降,光学分割技術の発達により,動物の生体内にも遊離のD-アミノ酸が存在することが明らかになり,その存在と,生理的な役割の解明に多くの研究者が取り組むようになった。特に,軟体動物や節足動物では遊離のD-アラニンやD-アスパラギン酸が浸透圧調整物質等として機能し,哺乳類では遊離D-セリンやD-アスパラギン酸が神経伝達に関与する事が報告されている。さらに,これらの遊離D-アミノ酸は対応するL-アミノ酸から異性化酵素(アミノ酸ラセマーゼ)により生合成されることも明らかとなり,アラニンラセマーゼが軟体,節足動物から,アスパラギン酸ラセマーゼが軟体,節足,脊椎動物から,セリンラセマーゼが節足,脊椎動物から報告されている。しかしながら,これまでのD-アミノ酸及びその代謝酵素に関する研究は一部の動物種についてのみ行われ,動物界全体における広範囲な解析は行われいないのが現状である。 本研究では様々な動物からアミノ酸ラセマーゼ遺伝子の単離を試み,アミノ酸ラセマーゼの動物界における分布とその機能を明らかにすることを目的とした。 本研究によって,十数種類のアミノ酸ラセマーゼ遺伝子が,刺胞動物,軟体動物,節足動物,線形動物,扁形動物,緩歩動物,棘皮動物の生物種から単離された。また,リコンビナント酵素を用いた解析により,その詳細な酵素機能を明らかにした。さらに,これらの遺伝子の分子進化について,分子系統解析やアミノ酸配列解析によって検討した。これらの研究によって,セリンラセマーゼ及びアスパラギン酸ラセマーゼが無脊椎動物に広く分布していることが明らかになった。
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