研究課題/領域番号 |
24770101
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
池谷 鉄兵 首都大学東京, 理工学研究科, 助教 (30457840)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | in-cell NMR / proteins / structure calculation |
研究概要 |
本年度は,Sf9細胞を用いたin-cell NMR計測において,3次元NMRスペクトルの測定に成功し,78%の蛋白質主鎖原子の化学シフト帰属を達成した.本成果は,真核細胞を用いたin-cell NMRで,3次元スペクトル測定を可能にした世界初の事例として,学術論文誌上に発表した(J.Am.Chem.Soc., 135(5), 1688-1691). これにより,本課題の1つの大きな目標である,生きた真核細胞内での蛋白質立体構造決定への大きな足掛かりとなった. 大腸菌を用いたin-cell測定では,特に蛋白質分子のダイナミクスに関して新しい知見を得た.これまでの予備的実験では,大腸菌を用いたin-cell NMRによるT1, T2緩和実験のデータが,理論カーブから大きく外れるという疑問が残されていた.そこで,本年度,この疑問点の解析のためにDEST法と呼ばれる新しい緩和実験を行った.現在暫定的な結果として,標的分子が細胞内で何らかの巨大分子と相互作用している可能性が示唆された.今後はこのデータの質を上げるための測定法の改良と伴に,新たなデータモデリング手法を適用することにより,より詳細な解析を進める. NMR立体構造計算アルゴリズムの開発では,ベイズモデリングを用いた新規立体構造計算手法の実装に成功し,物理ポテンシャルを用いた2面角系分子動力学計算と組み合わせることで,従来よりも少ない実験データにおいても高精度に立体構造決定が可能なことを示した.現在,この成果を学術論文に発表するための準備を進めている. 新規信号処理アルゴリズム開発では,内点法を用いた圧縮センシングのプログラムの初期バージョンの開発に成功した. 生物物理学会誌にin-cell NMRから分かる蛋白質の細胞内動態に関するレビューを報告した(生物物理 53, 76-81).
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題の目標である「計算機による新しい信号処理法と自動解析法を開発し,計算機アルゴリズムの観点からin-cell NMR 法を客観・定量計測可能な汎用手法へ改良すること」達成に向けて,現在主に,(1) 立体構造計算アルゴリズムの改良, (2) 新規信号処理手法の開発, (3)様々な細胞へのin-cell NMR測定の応用,という3つのプロジェクトを進行中である. (1)の立体構造計算アルゴリズムの改良では,現在我々が開発している立体構造計算ソフトウェアCYANAの2面角系分子動力学計算(MD)にカルテジアンMDの物理ポテンシャルを導入し,レプリカ交換,ベイズモデリングの実装にも成功している.これらのアルゴリズムをデータを,人為的に劣化させたシミュレーションデータに適応させたところ,質の悪い実験データであっても従来よりも堅牢に構造決定可能な事を示すことができた.これにより十分な信号を得られないin-cellデータに対しても高精度の構造決定が達成される可能性が高まった.この結果は現在,学術論文への発表の準備を進めている. (2)の新規信号処理アルゴリズム開発では,内点法を用いた圧縮センシングのプログラム開発に取り組んだ.すでに,プログラムの初期バージョンの開発には成功しており,実際のNMRスペクトルに適用してさらなる改良を進めていく段階にある. (3)の様々な細胞へのin-cell NMR測定の応用では,Sf9細胞を用いたin-cell NMR測定で世界初となる真核細胞内の蛋白質の3次元NMRスペクトル測定に成功し,78%の蛋白質主鎖原子の帰属を達成して,学術論文誌に発表した. 以上の点から,in-cell NMR計測の汎用化に向けた計算アルゴリズムの開発とNMR計測に関して,1年目の目標として設定した当初予定の計画はおおむね達成できた.
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今後の研究の推進方策 |
(1)の立体構造計算アルゴリズムの改良では,実装に成功したベイズモデリングを用いた立体構造計算手法を,複数の実際のデータに適用し,パラメータの最適化を行う.本手法を用いれば,従来法と比較して,より広い構造空間を探索可能なため,得られた構造を基にNOE自動解析アルゴリズムと組み合わせて,より汎化性能の高いシステムへと拡張させることを目指す.我々の開発しているCYANAプログラムにはすでにNOE自動解析機能が備わっていることから,ベイズモデリングとの組み合わせは比較的容易であり,次年度中の完成を目指す. 新規信号処理アルゴリズム開発では,圧縮センシングによる信号再構成プログラムの開発に成功したが,現在のところまだ,従来法である最大エントロピー法と比較して,優位な結果は得られていない.次年度以降は,本手法を複数データに適用して,パラメータの最適化を行うことで,この問題を解決を目指す. 様々な細胞へのin-cell NMR測定の応用では,世界初の真核細胞内の蛋白質の3次元NMRスペクトル測定,および78%の蛋白質主鎖原子の帰属に成功し,立体構造決定の実現に向けて大きく前進した.今後は,部位特異的安定同位体標識試料の作成を行い,蛋白質側鎖シグナルの帰属とNOESYスペクトルの質を向上させ,本年度開発に成功した新規構造計算手法を適用させることを進める. 細胞内での蛋白質のダイナミクス解析では,本年度DEST法の計測に成功し,標的蛋白質が細胞内の巨大分子と相互作用している可能性を示唆する結果を得たが,現在のデータはまだ信号強度が弱くS/N比が高くないため,高精度の解析が不可能である.したがって今後は,部位特的安定同位体標識試料の作成による感度の向上と,モデルフィッティングアルゴリズムの改良により,より高精度のデータモデリングを進め,蛋白質の細胞内での運動性をより詳細に解析する.
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度は,新規アルゴリズムを高速実行させるために必要なIntel Xeonプロセッサ内臓のワークステーションの購入に48万円程度割り当てる.加えて,プログラムの開発に必要なソフトウェアおよび,ラップトップPCの購入に12万円を計上する.また,ドイツフランクフルトゲーテ大学のPeter Guentert教授との研究打ち合わせのために,ドイツへの渡航費用40万円,国内学会の参加費用,および国内の共同研究者との打ち合わせ費用として15万円を計上する.残りの費用は論文出版に必要な経費に割り当てる予定である.
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