研究課題/領域番号 |
24770221
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
荒田 幸信 独立行政法人理化学研究所, 佐甲細胞情報研究室, 研究員 (40360482)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 1分子計測 / 細胞極性 / 数理モデル化 / 精密計測 |
研究概要 |
動物の発生を考える上での古典的な問題の一つに「スケーリング」がある。細胞レベル、胚レベルでのタンパク質局在の空間パターンをスケールする機構は胚発生を安定に進行させるために重要であるが、このような発生システムの定量的な特性、安定性を明らかにするためには、精密定量計測技術と数理モデル化が必要である。本研究では、線虫の胚発生において、極性タンパク質PAR-2の局在ドメインの大きさが細胞サイズに合わせて変化(スケール)する現象に着目した。初年度は、1分子観察技術を用い、PAR-2タンパク質分子の動態の解明と定量計測の技術構築と数理モデル化を行った。まず、分子遺伝学的な手法により作り出した高リン酸化状態と低リン酸化状態のPAR-2の細胞膜上での滞在時間を比較することにより、PAR-2の膜滞在時間がリン酸化状態によって制御されることを明らかにした。さらに、PAR-2は自己重合しoligomerを形成することを見つけ、PAR-2の膜滞在時間が重合度によっても制御されることを明らかにした。次に、PAR-2の胚の前から後ろにかけての平均的な滞在時間を調べると、平均滞在時間は胚の前後軸に従って非線形に変化することがわかった。これらのことから、PAR-2は、重合度合いとリン酸化状態により膜滞在時間の異なる複数の状態をとることにより、滞在時間の空間的な非線形性を作り出していることがわかった。さらに、これまでの予想と異なり、結合速度定数も胚の前側から後ろ側へ行くにつれて早くなっていた。最後に、計測により決定したパラメーターを用いると、数理モデル上で非対称局在が再現できた。このことから、PAR-2の非対称局在を形成する、解離速度定数と結合速度定数の制御の全体像を数理モデル化することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、本課題の第一段階である線虫受精卵における極性タンパク質の非対称局在の数理モデルの構築に取り組んだ。GFP融合PAR-2を発現する線虫胚においてPAR-2分子の動態を1分子解像度での計測に成功した。1分子の動態を観察することにより、PAR-2タンパク質の分子が膜から解離する速度、膜に結合する速度を計測により決定することが出来た。このような新たな計測法の導入により、以下の予想外な発見があった。1)PAR-2は受精卵膜上で単量体から4量体の異なる重合度の分子が存在し、重合度の異なる粒子は胚の後軸に行くに従い重合度が高くなるように非対称に局在することが明らかになった。この重合度の違うPAR-2粒子は、膜からの解離速度が異なっており重合度の異なる粒子の非対称局在は胚の前後軸上の解離速度の違いを作り出す要因となっていると考えられる。2)PAR-2分子の細胞質から膜への結合速度定数が、胚の後軸に行くに従い早くなっていた。細胞質から膜への結合速度が非対称であることは、1分子の直接計測により発見された新しい結果である。以上のことから、発生システムに対する1分子観察技術の応用は、これまでに分子遺伝学的手法により予想されるタンパク質動態を追認して速度定数を定量計測するにとどまらず、タンパク質動態の新しい経路を同定する手法としても有効である具体例を示すことが出来た。また、非対称局在を形成するタンパク質分子を1分子解像度で観察することにより、発生システムの統計物理学的性質についても明らかにする切り口が出てきた。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、今年度の数理モデル化について新たに明らかになってきた滞在時間を制御するリン酸化状態と重合度の違いがどのような制御関係にあるかを1分子の動態解析により、明らかにしていく。具体的には、分子遺伝学的手法により高リン酸化または低リン酸化状態に保ったPAR-2分子に注目して、膜上に出現直後のPAR-2分子のその後の重合度の変化を追跡する。また、PAR-2は細胞質で脱リン酸化されると考えられるので、脱リン酸化酵素のノックダウン胚におけるPAR-2の動態をあわせて比較することにより、重合度とリン酸化の関係を明らかにしていく。また、これまでに作成されているPAR-2の欠損変異体を発現する線虫胚のシリーズの中から、自己重合過程が異常になっている変異体を単離することと、あわせて膜上での重合とリン酸化の関係について明らかにする。 さらに、1分子計測による新たな発見である結合速度定数の空間制御についても解析を進める。結合速度定数の非対称性を説明する二つの仮説(仮説1:細胞質に結合速度定数の異なる分子状態にあるPAR-2が存在する可能性。仮説2:細胞質は一様であるが膜上の未知のPAR-2の受容体が非対称に局在する可能性)を検証する。まず、仮説2を検証するために、細胞質PAR-2の重合度の違いを調べる。これまでの計測により、細胞質PAR-2は後ろ側に行くに従い重合度が低く、分子数が増えることを明らかにした。膜に出現するPAR-2分子の重合度が、細胞質の重合度に一致するならば仮説2の可能性が高くなる。さらに、これまでに作成されているPAR-2の欠損変異体を発現する線虫胚のシリーズの中から、細胞質非対称性が異常になっている変異体を単離し、この変異体タンパク質の動態もあわせて解析を行う。 これらの解析を通じて、PAR-2が非対称に局在するための動態制御を1分子解像で明らかにしていく。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度も引き続き、計測を進める。1分子計測の為にカバーグラス上のゆがみをさける必要がある。このためカバーグラスをプラスチック枠により固定してあるchamberタイプのカバーグラスを購入する。また、線虫維持用の培地の購入、線虫に遺伝子導入を行うための遺伝子導入装置消耗品の購入、新たな変異体を国際的なstock centerから導入するための輸送費としてい研究費を使用する。また、国際C. elegans meetingに出席し、研究発表とdiscussionを行うための渡航費、宿泊費としても研究費を使用する。 (H24年度余った理由、H25年度なにに使うのか)研究の進行を加速させるために、H24年度東アジアC. elegans 学会と分子生物学会を取りやめ、H25年度の国際学会での発表に集中するよう計画を変更した。
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